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ネズパンダの逃亡

 サイレンや捕物の声が大きくなってきた 後から御用提灯が追いかけてくる。


 とりあえず、はしって逃げた。

 通行人が、驚いて避けてくれる。

 メイン通りで、人や馬車が多いので、パトカーの動きはにぶかった。

 岡っ引きが、すいすいと人ごみを通り抜け、十手や提灯を手にこちらに向かってくる。


 ぼくには武器がない。

 たった半日ぐらい腰につけていただけだが、トリスタンの剣の安心感は絶大だったのだ……。騎士のコスプレだったら、銃を持っている警官たちはともかく、岡っ引きくらいなら戦えただろうが……。


 ネズパンダのコスプレでは、武器になるのは、あの爪ぐらい。

 走りながらはんぶん爪を出し、確認した、それで気がついたのだが、付着している血はまだけっこう新しい。


 このコスプレの中にいた男は、ぼくに話しかけ、騙す前に、何人か殺しているんだ……。


 この状況では、ぜったい疑いをかけられる。

 誰がどうみたってぼくが犯人だ


 どうすればいいのか……

 とりあえず、亀執事に相談するのがいいような気がした。

 あのクソじじいめ……


 ともかく今は逃げなければいけない

 隠れるために、金物屋や本屋のあいだの細い道に入っていた、どんどん先に進んだが、先はT字路で、太い道につながっていた。


 とつぜん、銀色にかがやく未来型のパトカーが現れ、停止して、道を塞ぐ。

 ドアが回転して開いて、ロボットの刑事がおりてくる。

 マットな銀色をしていて、手に光線銃をかまえて、こちらに向かってくる。

 ロボットと岡っ引きのはさみ打ちだった。


 逃げ道を探すと、両脇は、高さ三メートルくらいの石としっくいの壁だ。

 壁のうえから、塔のせんたんが見えている。そして、円卓騎士団の旗がかぜに揺れていた。


 ・


 ぼくは壁を登った。


 ネズパンダの血まみれの爪は、簡単にしっくいに食い込み、壁を登ることができたのだ。さらに、自動的にせり出してきた足の爪も金属製で、同じ効果があった。

 足の爪は、じっくり見ているひまは無かったが、手の爪と同じように血まみれであることは確信があった。

 しかし、今は壁をのぼることが先決だ。


 壁の上に登りきると、下ではロボットと岡っ引きが集まり始めていた。

 壁の向こうは、豪勢な屋敷だった。

 円卓騎士団の建物だ……。

 本来だったら、自分も正式メンバーで、ここに出入りできたのに……。


 余計なことを考えてしまい、飛び降りることを一瞬ちゅうちょしたが、ロボットの刑事たちがロープランチャーを発射したので、反射的に逃げるために飛び降りた。


 壁のうえに固定されたロープランチャーを使ってロボットが壁を登ってきた!


 とりあえず、屋敷を通過して逃げようと思い、半分開いているドアの中にかけこんだ。


 中では使用人たちが掃除をしたりして働いていたが、円卓騎士団では、とつぜんの乱入者は慣れっこなのか、あまり慌てた様子がない。

 ゆっくりと作業の手を休め、悠々と物かげに隠れていく。

 伸びをしているヤツまでいる。


 とまれ、動きやすいのは好都合だった。ドアを閉め、内側からかかる鍵をかけ、屋敷の反対側を目指して走りはじめた。

 ロボット警察の金属の手がドアをたたく音が聞こえてくる。

 使用人の一人がドアの近くに、これものんびりと寄っていく。

 ぼくは奥へドタドタと走りつづけた。


 建物は石造りで、複雑な構造になっているようだった。廊下があり、何度か曲がったところで、死神にぶつかった。

 正面衝突で、二人とも尻もちをついてしまった。


 死神は、黒いジェダイみたいなロープをはおり、手には錆びたカマ、骸骨の仮面をかぶっている。

「こっ、こら、拙者は死神なるぞ!」

「見ればわかるよ……」

「慧眼の若人よ、よ、よ……、ネズパンダさまっ!」

「……?」

 ははーっ、とかいって、死神は土下座する。

 というか、昔のヨーロッパに土下座なんてあるのか?


「貴きネズパンダさまにおいては、貧しき死神などいちいち覚えておられないと思いまちゅるが、拙者、パンダ団の末端にざするもの。死神ナンバー五一七七二Bにてごちゃりまちゅる。この屋敷にはスパイとして潜り込んでごちゃる。以後お見知りおきを……」

「そ、そうか……」名前が数列では、覚えられないと思う、この街に死神のコスプレはいったい何人いるんだろう?

 ?、『パンダ団』ってなんだ? どこかで聞いたような気がする……。


「しっかし、さすがネズパンダ副総裁……」 ネズパンダというのは『パンダ団』の重役なのか?

 調子のいい死神は、ペラペラとよく話した。「昼どきの騎士団にどうどうと単身で乗り込んでくるとは。まっことざんしんな戦法、感服してごちゃりまちゅる。ランスロット殿の首でも取られるつもりでごちゃるか?」


 ぼくは逃げ込んできたんだが……、それにランスロットの首?……

「使用人たちは、しょうしょう鈍いものが多いので、さほど危険ではごちゃりまちぇんちな」


 その時、急いでいる足おとと、「ネズパンダはどこだ?」というロボット警察の声が聞こえてきた。

「その気概、感服いちゃす。しかし、ここで乱闘はまずいでごちゃろう、ささ、よろしければこちらへ……」

 死神は廊下の目立たない部屋のドアを開けた。


 ・


 狭い部屋だった。死神が、骨の指を唇のない口にあて、口をきかないようにと伝えてきた。


 しめたドアに向いていると、右側からロボット警察数名の金属的な足音が、そして左側から、ガシャガシャいう騎士たちの足音が聞こえてきた。

 足音は、ドアを中心として、お互いに見合うように同時に止まった。

 しばらく沈黙が続いた。


「ここにネズパンダが逃げ込んだ。調べさせてもらう」ロボット警察の機械的な声がびひいた。

「知っておる、ネズパンダは我が円卓騎士団の宿敵パンダ団の副総裁、こちらで処理させてもらう」騎士の毅然とした声。

「民間人は引っ込んでいてもらおう……」

「騎士団がこの街を守ることはコスプレ管理機構によって認可されている。重要犯罪者に対しては、我らはおなじ権利を持つ」

「ぐぬぬ……」

「ともかく、からくりどもはこの屋敷から出ていけ!」


 警官と騎士団が、ぼくの逮捕を狙って一瞬即発の事態になっている。


 ネズパンダというのは、よっぽどの悪党だったに違いない……。

 ドアの外の緊張感が伝わってくる。


 死神が、ゆっくりとこちらを振り向いて、小声でつぶやく。

「なんとかまとめてきます、ここで待っていてくだちゃれ」

 ぼくはうなずいた。

 死神は、細でにドアを開け、ゆっくりと出て行くと、にらみあっているロボット警察チームと騎士団の間に入っていった。


「やぁ、みなちゃん、ご苦労様でごちゃる。ネズパンダは、この部屋にいますぞ!」


 死神のやつ……!


 ・


 ドアがあき、先にロボット警察が入ってこようとしたが、騎士が腕力で彼をうしろに引きたおし、大柄な騎士が入ってきた。


 僕はドアから目を離さないようにしながら、うしろに下がっていく。……と言っても、窓もない部屋で、全体がろうそく一本で照らされている。

 騎士がロングソードを、「雄牛の構え」にして、こちらににじり寄ってくる。


 雄牛の構えというのは、剣を頭の高さに持ち上げ、牛の角のようにその先を相手に向ける構えだ。


 昨日、騎士になったときの記憶はしっかりと残っていた。

 騎士のうしろには、ロボット警察が左手に手錠をもち、右手で光線銃を構えている。

 そのうしろには、ロボットと騎士が入り混じり、こちらを見つめている。

 いずれもリーチの長い武器だ……。


 手足の爪では対抗できない……。

 どうしたら良いんだ……?

 危険なのは、うしろの光線銃だ……。

 とはいえ、騎士のロングソードも危険でないとかいうことは全然ない。

 ぼくは追い詰められている……。


 ロボット警察がいっぽ出て、手錠をしようとする


 その瞬間、スキができた。


 ぼくがやろうとしたわけではない。

 きのうの戦いの「自動心」の記憶が残っていたのかもしれない。

 違法な裏コスプレであるネズパンダのスーツには、同じような自律機能が仕込まれていたのだ。


 尻尾が自動心的に超高速で伸び、警官の金属製の外骨格を砕く。

「うわ」と叫んで、ロボット警官はうずくまった。

 尻尾は一瞬で戻ってきた。


 警官は悲鳴を上げて腕を抱えて転げ回っている。……そう、これは彼が体験したことのない痛みなのだ……。

 管理されたイベントで与えられる調整済みの痛みと違う、これは、イリュージョンではない本当の痛みなのだ!


 騎士が切りかかってきた。

 尻尾が横殴りにうごき、刀が折れた。騎士は自分の手のなかの刀の残骸を見つめている。


「信じられん、なんだ、この力は……」


 この世界のイベントや出来事は、管理機構がコントロールしている。必要な知識や、痛みや苦しみや、あるいは喜びも、頭のチップで機構がコントロールしているのだろう。

 この街の人たちの感情表現の、どことなく微妙なわざとらしさは、それが原因なのではないか……。

 仕組まれたお芝居のような人生を、この世界の人たちは送っているのかもしれない。


 ところが今のぼくは、脳内チップと人工知能マズラを結ぶ電波を遮断する『裏コスプレスーツ』を身につけている。今のぼくは管理機構の管理できない存在になった……。

 騎士や警官たちが襲ってくる。


 ・


 ぼくは何も考えられなかった。


 自分でやっているというよりは、むしろ、ネズパンダのコスチュームが、自分の攻撃行動の邪魔をしないように、ぼくの思考を停めているような気さえした。


 いまのぼくは尻尾を一振りすれば、騎士の刀を折れる力を持っているのだ。 昨日はランスロットと戦って、互角だったのだが、このコスチュームをつけていれば、負けるわけがない……。

 いくら強い剣士でも、ミサイルには勝てない。ぼくは自分がミサイルになった気分だった。


 彼らの一人一人が、どうやって攻めてくれば良いか、迷っている……。

 彼らに指示を出しているマズラ自体が迷っているのかもしれない。


 迷いながら迫ってくる……。


 ぼくは体を回転させて、尻尾で最前列の奴らをなぎ倒した。触れていない者まで何人か倒れた。この尻尾は、素早く動かすと、なにか衝撃波のようなものが発生するらしい。


 奴らの人数は増え続けているが、これならなんとかなるかもしれない。


「俺にまかせろ」 ……聞き覚えのある声がした。

 あわられたのは、ランスロットだった……。


 ・


 とことん、ぼくは甘ちゃんだ……。

 一瞬、彼がぼくを守ってくれるのかと思った。

 彼はぼくが誰かもわかっていないのだった。


「お前は、マズラのイリュージョンをある程度見破っているようだ。だから、リアルに束縛してやる……」 彼はそういって手にした黄色っぽいサッカーボールぐらいの大きさの玉をかかげた。

「地獄蜘蛛の巣だ! これはリアルだぞ。マズラのVR操作を受けていない実物だからな」 そう言いざま、キャッチボールのように投げてきた。


 無意識に尻尾が叩きおとす、……当たった瞬間に玉は炸裂して、白い糸が空中に大きな網のように広がった。

 網はぼくのからだに巻きつき、一瞬で収縮をはじめ、からだに食い込んだ。ぼくは身動きできなくった。


「たしかに、この世界のほとんどすべてはVRを使ったニセモノだ。だが、その蜘蛛の巣は違う……」


 ランスロットは長槍を抜いて近づいてきた。「長年の争いに終止符をうつ!」

 ロボット警官たちもその周りに数人ついている。

 尻尾も、根本から包まれていてピクピクとしか動かない。ランスロットが長槍をこちらに向けて構えた……。

 ぼくはコスプレスーツに祈った。

 まだ隠されている力があるなら、それを見せてくれ……


 スーツ内で、エネルギーが移動するのが感じられた。すべてのエネルギーが尻尾に移動していく。そして、尻尾の先の部分が展開し、大きな鎌の刃のかたちになった。

 鎌の刃は、くるりと回って、網を切り裂いた。そのまま下に下がり、次々に切り裂いていく。


 ぼくは手足の爪も展開し、網を引き裂きながら外に出た。

 警官たちや騎士たちは、息を飲んでこの想定外の出来事を眺めている。


  網を破って外に出たぼくは、鎌の刃のついた尻尾を持った、ネズミとパンダの合成された悪夢のような姿だった。 誰かが笑っていると思ったら、その笑い声は自分の口から漏れていた。 コスチュームが笑っているのだった……。 まずい……


 ランスロットは、すぐに我にかえって長槍で突いてきた、鎌になった尻尾は一閃し、ランスロットの周りのロボット警官を一刀両断にした……。盛大に血が噴きだす。ロボット警官も、コスプレだから中身は人間なのだ。


 鎌はランスロットにも向かったが、ぼくは自分の尻尾を、腕で必死で止めた。

 ロボット警官は殺してしまったが、ランスロットは殺したくなかった。


 ・


 それでもランスのやつは長槍で突いてきた、自分の尻尾を必死になって腕で止めているぼくに……。

 長槍よりこちらの尻尾が長いことに気づいてくれればいいのだが……。

 尻尾を思いっきり伸ばし、鎌のみねうちで腹部を打って失神させた。


 ランスロットが後に吹っ飛んで壁に激突する。


 警官たちは、逃げてしまったか、物陰からこちらをチラチラ見ているだけだ。 しかし、その後から応援隊の駆けつける音が聞こえて来る。


「キェェェエーっ!」

 口からは奇声の雄叫びがあがった。マズラには支配されていないかもしれないが、今はネズパンダのコスチュームに支配されていた。

 騎士たちの出てきた廊下側に、鎌付きの尻尾を振り上げて走りだした。

 騎士たちはにげまどう。

 その中に死神も混じっていたが、彼に対してももう何も感じなかった。


 ぼくはそのまま表玄関をとおって外に飛び出した。

 ぼくは何になってしまったのだ?


 走って道にでたと思ったら、そのまま何かの穴に落ちてしまった。

 道に穴があいていたようだ。

 そのまま何メートルか落下した。岩に頭をぶつけるのは痛かった……。


 底につき、体を起こして、打った頭を押さえていると、こっちへぇぇ……、という声がした。

 ろれつの回らない、頭の悪そうな声だった。

 くらい地下道の、曲がり角にかすかに明かりが灯り、さし招く手のシルエットが見えている。

「おらの穴倉が、ネズパンダ様を助けたとは、感激だぁぁぁ……」

 それが第一の部下、トキンとの出会いだった……。

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