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いけないネズパンダ

 ロータス執事は先に帰り、レイチェルはエントランスまで見送ってくれ、ランスロットは円卓を見てくるとわかれた。

 部屋は、イゾルデのマンションの一室を、とうざの生活費とともに、執事がつごうしてくれた。 騎士団で働きはじめれば、そちらから給料はでるという。

 これでとりあえずの生活は安心だ。

 デバイスの地図を見ながら部屋にもどる。


 途中に公園があった。すみの方に、人目につかないエリアがあったので、そこの椅子にこしかけて、ぬりかべかあさんのおにぎりを食べる。もう夕方だ。


 子どもたちが遊んでいる。やはり、中世風の格好をしたものが多いが、フランス人形みたいなのもいれば、ロボット、アニメのキャラクターみたいなものいる。アニメのキャラクターは、歳は八歳とかではないか。

 そのコスプレをしている子が成長して、三十歳とかになったら、ちょっと困ることが出てくるんではないだろうか?

 仕事の打ち合わせとか、会議の時も、半ズボンでまんまるメガネのままでいるのだろうか? それに、あの五頭身のままで……。それは笑えるかもしれない……。

 ……そんなことを考えていた。


 どこでも同じ風景なのだろうが、家に戻りたがらない子どもたちを、親がむかえに来始めた。

 ちょっと驚いたのは、その親のなかに電柱もいたことだ。

 さらに、子どもは電話機だった。

 ぴょんぴょん跳ねて、親のところに帰っていく。

 親は電線を垂らして子どもをつかまえた。

 ……いったい、なんのコスプレなんだ。


 懐かしいが、どうじに見慣れない景色を楽しみながら、ぼくは少しウキウキしていた。好きな人がいるということは、幸せなことだ。

 感情をコントロールされた結果だとしても、幸せだったらかまわない。


 そしてイゾルデもぼくを好きになる、……コントロールされた感情なのだけど、原作でも媚薬のせいで結ばれたのだ

 恋愛感情は、人工的な感情であっても、あらがいがたい……。

 ぼくの妄想は広がり続けた……。


 ・


 そして食べかけのおにぎりを手にしたまま、目をつぶって今日の出来事を思い出していると、うしろから突然声をかけられた。


「これは珍しい、手作りのおにぎりですな。日本とイランという国の一部にしかないものですな」

 そうだ。ぼくはさっきまでとは違い、コスプレ認証された一般市民なのだ。普通に会話してみよう……。


「母親らしい人からもらったんです。ありがたいし、じっさいに助かります……」

「わたしはネズパンダと言います、お見知りおきを! しかし今時このたべものは珍しい」


 ネズパンダというのは、そのままの名前だった。全体としては、巨大化して太ったネズミのかたちだったが、模様はパンダの模様だった。ただし、白い部分は灰色で、どことなく薄汚れているように見える。

 なんのキャラクターかは分からなかったが、向こうはニヤニヤと親しげな微笑みをうかべている。

 ぼくはかなりうさん臭い印象をもった。


「本物のたべものは、腐るんですよ。とちゅうの店で見たのは、ぜんぶ腐らないって、パックされた栄養素だけで、味はVRとかでそれらしく見せているらしいです……」 と、ぼく。こんな感じで一般市民の会話だろうか?


「店では、食べ物までコスプレってわけだね……、俺は、これでもここらへんの顔役なんだよ。ついでに言っとけば、自然食主義だ、ハハハ。……それより、キミ、こんな時間に、哀愁ただよわせて、どうしたんだい?」 これはパンダ男。


「すべてが良いってわけじゃないです……。自分で思っているより苦しいのかもしれない。でも喜んで生きていくのは、自分が一人じゃないですから、きっと……」


「うーん、トリスタン君! 設定どおり、詩人だねぇ……」


 パンダ男がぼくを知っていたのは驚いた。とはいえ、わかるのはぼくがコスプレしているキャラクターのことまでだが……。

 まだぼくは、コスプレの社会は格好をみるとそれが誰かわかるということに慣れていなかったのだ。


「まぁ、コスプレ体制もあちこちでガタがきているからな、本来ならコスプレ民が反対の声をあげても良さそうなんだが、みんなじぶんのコスプレとイベントに夢中だから……」


 ぼくは生まれたてで、この社会のことまでは分からなかったので、黙っていた。


「それでもいつか、この状況は崩壊していく……。管理機構の支配は終わって、新しい世界がくる」


 ネズパンダの目は確信に満ちていた。こいつ、テロリストだろうか? と、ぼくは思った。ところがどっこい、そんな生易しいものではなかったのだ……。

 それはこの後すぐにあきらかになる。

 

 ・


 おにぎりも食べてしまった。だいぶ暗くなってきた。気づくと、公園内には子どももいない。

 では、といって、帰りかけると、肩に手をあてられ、止められた。


「マズラのやり方を知っているかい?」

「あぁ、認証してもらったばかりですよ……」


「ほう、入国者か。認証したばかり……、ね。では、あんたはイベントの経験はあるのか?」

 ぼくは首を横にふった。


「あんたの姫との間で、これから何が起きるかは知ってるね?」

「もちろん、大雑把には……、あなたはなんで知っているんですか?」


「ここはアーサー王の街だ。誰だって知っているよ。かわいそうにねぇ……。イゾルデとの思いが叶うとき、すでに二人とも別の人と結婚していて、……」


 パンダ男はわざとらしく目をぐるりと回して視線を上に向ける。


「やめてください、それは考えないようにしているんですよ……。ぼくの方は偽装結婚くさいし……」


「イゾルデは偽装結婚じゃないよ。ほかの男のものになるんだよ。そしてあんたとの思いが叶うときは、死ぬときなんだ……。歌を歌いながらね……。曲はワグナーの名曲で、あれはグッとくるけどな」


「それはイベントでしょう……?。あとで生き返ると聞きましたよ!」

「生き返るさ! そしてまた、同じ悲恋を繰り返すんだ……」


 言いながら、ぼくたちを待ち受けている将来に、ぼくは息を飲んだ……。


「死ぬまでね、つまり、あんたらの想いは、永久に叶わない」

 ネズパンダは、指を横にした八の字のかたちにくるくると回した。永遠のマーク……


 ・


 たたみかけるように話すネズパンダだった。話しながらゼスチャーが大げさになっていくのは、クセらしい。


「コスプレというのは、自分の好きな格好をして、好きな行動をとるところから始まったんだ。好きなキャラクターの真似をして……」


 彼自身が、目をむき出し、指差しした手を前にやったり後にやったりした。


「ところが、ひとりでぜんぶできるわけじゃないから、みんなで役割分担する」


 ……腕を胸のまえでクロスさせる。


「役割分担すると、自分だけの都合で、やるわけにはいかなくなる。死ぬ役の場合は、死ななければならない、……あとで生き返るとはいえ、ね」


 ……自分の首に手をあてて縛るマネをして、舌を突きだす。


「いつの間にか、やりたかったことの反対側に行き着いてしまったということだ。……苦しむものも出てくる、ついには……」


 人差し指を伸ばして、手をピストルの形にしてくるっと回し、自分の頭に突きつけている。バーン……。


「この街では、年間数万人の自殺者が出るんだよ。あんたはまだ知らないだろうけどね。仮の死の話じゃない。追い詰められた人間は、じっさいの死を選ぶんだ」


 ……話しながらぼくに顔を近づけてくる。生臭い、獣のような匂いがしたので、ぼくは思わず身をそらしてあとずさる……。


「マズラは何万人も殺しているということだ……」


 ・


 ネズパンダの話は佳境に入っていた。彼の目はかんぜんに座っていて、体はゆらゆらと揺れている……。


「キャラクターを、マズラに管理されていないものにすれば、自由に生きることができるのさ」


「たとえば……」 ネズパンダがちらりと生垣から通りの方に顔をだす。

 ふん、と笑って、からだを揺すると、おう、とか言って、どさりと通りがかりの人が倒れる。

 周りの人が騒ぎはじめる。

 そんなことが起きると思っていなかったぼくには、何が起きたかも、この時点では分からなかった。


「こいつはペンギンの格好をしているが、イベントの合間に幼女を外国に売り飛ばしていたヤツだ、……運命を変えてやった」


 どうやったか分からないが、殺したのか?

 死んでしまえば、運命は変わったと言えるだろう……。

 ぼくはあっけにとられて、口をパクパクさせるばかりだった。


「ヤツは死んでない。失神しているだけだ」


 いつの間にか、ネズパンダの腕に緑の財布が載っていた。


「これはお前にやろう……。あいつに持たせていると、幼女誘拐に使うからな……」


 ぼくはうけとらなかった。財布の中身はネズパンダの懐におさまった。外側は、くるくる回されて、公園のゴミ箱に投げ入れられた。


 ネズパンダは唄うように言い続けた……。

 おれのコスチュームは登録されていない。どうだ、これを着てみたくないか?

 やはり俺たちは、コスチュームは必要なのさ、この街では素顔では外を歩くこともできないからな。

 しかし、認識タグの入っていないコスチュームを着れば、マズラに干渉されることなく、運命が変えられるぞ……。イゾルデと結ばれることもできる……


 そうだ、トリスタン、今は彼女を見ることもできないだろう、……コスチュームを変えるとすぐに見えるぞ……


 ・


「わかった! 取り替えてみよう。……これ以上彼女がいない世界で生きていくのは難しい……」 僕は完全にのせられていた。


「ふふふふ、そうだろうそうだろう、若いものの考えることは分かっていたんだ……」

 ネズパンダは、キョロキョロ周りを見てから、足元にあったカバンを開き、何かをゴソゴソ取りだしはじめた。黒っぽい爆破装置のようなものが出てきた。


「いつでも戻れるんだな?」

「俺に頼めば戻してやる、その気になったらいつでもいいな」


「どうすればいい?」

「この機械に手を触れればいい」 彼はスイッチを入れ、タッチパネルを操作し、機械は唸りだした。

「何だそれは?」

「マズラは、今、この瞬間も、お前の行動をモニターしている。コスプレを外させないようにな。外そうとしたら、脳内チップがお前の神経を停止させる。……だから、この機械でマズラへの信号を停めて、そのスキに俺たちの服やマスクを交換してしまうのさ」

「大丈夫かな……?」

「大丈夫、俺は慣れている……」

 僕は機械に手をのばした。

 ふふふふふ、と、ネズパンダは不気味な顔で笑っている。

 嫌な顔だ、と思いかけた僕は、その思考を最後まで考えることはできなかった。

 いやな……、……か……、……暗転……。


 ・


 虫や鳥の声と、顔にあたる太陽の光……、ぼくは失神していたらしい。

 もとの公園だ、朝早いらしくて、涼しくて、誰も人がいない……。

 ぼくは大の字になって失神していたらしい。

 目の前は空だった。

 からだを動かすと、なんだかふわふわしていた、全身に毛が生えているのだ……

 手を見た。灰色の毛と、黒い肉球……、ネズパンダの手だ。

 手のひらに力を込めると、鉄の爪が飛び出した。血が何重にも重なって付いている……。

 ながい年月にわたって、人を刺し、その血をふきとりもしない凶器の爪だった……。

 狂気だ、狂っている……。

 ……あいつは殺人者なのか……。

 ネズパンダ、と呼びかけて周りを見回したが、彼はいない(もしいれば、トリスタンのコスプレをしているはずだ)。

 ……彼はいない。


 騙された、騙された、と叫んでいるぼくの一部がいた。他の部分は、彼がいなくなるわけがない、コスプレが違うのだから、と、言っていた。

 大丈夫、大丈夫……、

 ……ぼくは自分を安心させたかったのだ。

 むしろ、彼は最初からコスプレを変えたかったのではないか?

 つまり、このコスプレのままだと、まずいことがあったのではないか……。

 そのためにぼくを騙したのではないか……。

 ぼくの、ピカピカのトリスタンのコスプレを奪うために……。


 まずいことに、マスクやボディマスクも奪われていた。

 その代わりに、パンダ色したネズミのコスが、ぴったりを肌になじんでいた。


 はじの方に、いくつか死体が転がっている。

 あいつが殺したんだろう……。


 遠くでパトカーのサイレンが聞こえている。

 岡っ引きの、「御用だ、御用だ」という声も……。


 警察が来る。

 こりゃぁ、どう考えても、ぼくのせいだと思われる。

 ……刑事たちが来ないうちに逃げ出した。

 ……またお尋ね者に逆戻りだ……

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