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分家  作者: 津蔵坂あけび
神戸編
7/10

手掛かり

 彼氏からもらった結婚指輪を携えて、両親のもとへ。既に結婚を考えているということも、伝えたあとだし。顔合わせも済んでいる。今になって緊張するのは、別の要因だ。


「少し、緊張してるか」


 心中を言い当てられて、サイドシートで肩をびくつかせる。シートベルトにしがみついて深呼吸をする。宏明は勘が鋭いところがある。というよりも、長年一緒にいるから、分かってしまうというものだろうか。

 車の助手席の窓から、流れる街灯の群れを眺め、少し気持ちを落ち着ける。緊張というのは、短いスパンで襲ってくるものだから。これは言うなれば漠然とした不安と言ったほうが正しいだろう。


「――うん。これから会うのは、きっと私の知らない私」


 偶然見つけてしまった、自分の名前が書かれた特別養子縁組届。自分が家族だと思っていたお父さんとお母さんは、本当は血が繋がっていなかった。自分は黒石家の人間ではなかった。

 そして、青井明朗という名の男性。顔も声も覚えていない、自分の本当の父親。真実を知ってしまったとき、すべてが歪んで見えてしまったけれど。今は少し違う気持ちだ。私は、この歪んでしまったものを直さなければいけない。

 私の苗字が、‘萩野’になるまでの残り僅かな時間を使って、私は本当の父親に会いに行く。それをこの指輪を薬指に嵌めた瞬間に誓ったんだ。窓の外から差し込む街灯の光を反射して、控えめに飾られたダイヤが光を放つ。


 軒先に酒林をぶら下げた酒屋が軒を連ねている。そろそろ、私の家も近い。家族は、お父さんとお母さんは、私たちの決意をどう受け止めるだろうか。


「ここを右だったよな」

「うん」


 通りをひとつ曲がっただけで、昔の雰囲気を残した酒蔵から、現代的な住宅街へと様変わりする。白い塀に開いた四角い窓から、庭に植えた松の葉が飛び出しているのが、私の家だ。


「やっぱり、碧の家は立派だな」

「ここらへんだと、もっと立派な家はいくらでもあるよ」


 宏明にそう言われるまでは意識していなかったが、私の家は結構、裕福な部類に入るらしい。事実、大学の授業料を私の両親が払っていたのに対して、宏明は免除されてもらっていたし。知り合いには、自分で授業料を稼いでいた人もいた。私が何の不自由もなく、大学での学業を経たことは、それなりに裕福な証拠だろう。

 来客用の駐車場に車を停めて、門構えの前まで歩く。私の顔の位置に来る松の葉が、宏明の肩の高さだ。

 

「学校に行く途中、よくこの松の葉に頭を刺されるの」 

「あはは、碧はぼうっとしていることが多いからな」


 他愛もない話で気を紛らわせ、深呼吸をして気持ちを落ち着ける。自分の家に入るのに、こうも落ち着かないとは妙な話だ。

 鍵を差し込んでゆっくりと回す。人物感知の室内灯が玄関を照らし、私の帰宅を居間の家族に知らせる。玄関に出てきた母に、手の甲を向けて薬指に輝く婚約指輪を見せつける。すると母は、口元を手で覆って、ため息交じりにまあと呟き、瞳を潤ませた。

 大げさだよ、宏明のことはとっくの昔に紹介済みだし。結婚するということも、伝えてある。だけど親にとっては相当胸に来るものがあるのだろう。だいいち、この指輪を嵌めたときの熱で、私の涙腺も緩んだのだから、涙もろさではどっこいどっこいだ。


「宏明、入って」


 遅れて宏明が玄関に入り、母に向かって深々とお辞儀をする。


「遅くなりまして、申し訳ございません」

「――改めて、碧をよろしくお願いします」


 続いて母も頭を下げる。私ももう一度お辞儀をして、改めてよろしくと伝える。


「お父さんにも見せたいから。いいかな」


 こくりと返事をして、母は私たちふたりを奥の居間へと招き入れた。新聞を読んでた父が、宏明の顔を見るなり、面食らったようになって座り直す。


「すみません、お邪魔いたします」


 ダイニングテーブルに四人が、二人ずつが向かい合わせになる格好で座る。


「遅くなり、申し訳ありません。碧さんの婚約指輪をようやくご用意することができましたので、ご挨拶に参りました」


 宏明の言葉に、父は感慨深いため息を漏らす。ついにこの日が来たかと。


「お前が、碧の彼氏と紹介されてから覚悟はしていたが、――こちらからも碧をよろしく頼む」


 これから、入籍や結婚式に向けての準備が本格化する。結納の話だとか、この婚約指輪のことだって、これから親戚や会社の上司、知人などに挨拶回りをしておいた方がいいのは確かだ。だけどまずは、この婚約指輪は、他でもない自分の家族に見せなければならないと思う。


「お父さん。私は、本当のお父さんにもこのことを伝えたい」


「そして、結婚式にはお父さんだけじゃなくて、本当のお父さんにも――」


 自分の人生が新たな門出を迎えること。自分の苗字が変わること。たとえ叶わなくても、それを血のつながった本当の家族に伝えたい。

 そう、血のつながっていない父に伝えると、少し考え込んだ。


「覚えておいてほしい。特別養子縁組届は、養子縁組届と違ってもとの親の親権は無くなってしまう」


「つまり、碧の本当のお父さんには、もう親権はないということになっているんだ」

「でも、あなた――」


 母は言う、青井さんはそんなことをするような人じゃないと言ってたじゃないと。でも、法律上は、もとの親の親権は破棄され、養父に真剣が譲与されるのが特別養子縁組。そして、人の気持ちは変わるもの。だから、もし、親としての情も無くなっていたらということも、覚悟はしておいた方がいいと。

 辛いことではあるけれど、それが私たちふたりを気遣っての発言であることは、わかった。ゆっくりと頷く私をしばらく見て、父は固定電話横に置いてあるメモ用紙にある住所を書いて見せてきた。定期的にハガキを送るようにしている住所があると。

 それは、金沢の土地を指していた。

 今まで、返事は返ってきたことはないが、宛先不詳で帰ってきていないことを考えると、訪ねてみる価値はあると父は言う。私と宏明は、顔を見合わせて、互いに頷いた。この可能性に、賭けてみようと。



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