1-8(9) 亜十夢 人智
亜土夢は、なにかを確認しようと思ったわけでもなく、考えて行動するのとは別に、ただ制御部の方向の窓の中を覗いた。
その視界の先のモニターは、荒い画像ながらも、洞窟らしき中に倒れ込む一人を映し出している。
そして、映像はゆっくりと全体を網羅するようにズームアウトしていった。
すると、倒れ込んでいる人間の傍らに、もう一人宇宙服を着た人間が立っているのが見てとれた。
亜土夢は直感した。 さっきの音は、やはり銃声だったのだと。
「 レベル5エラー!! 。。。溢れてくる。 レベル5エラー!! 神の領域に レベル5エラー!! 」
ヘルメットの中から聞こえてくる人の声は、映像と重ねても意味不明であった。
ここで、亜土夢の頭の中にある妄想が湧いてきた。
この映像は、月面のどこかに集中管制船が降り立ち、乗員3人以上で探索しているときに、事情はわからないが、おそらくミハイル副官が誰かに向けて発砲したのだろう、と。
モニターは、宇宙服を着て立っている人間が銃らしきものをこちらに向けている映像を映し出す。
突如、映像は反対側を向いて、光のある壁の入口を映し出した。
左右にぶれる映像になりながら、その入口に向かった。おそらく走り出したのだろう。
映像はヘルメットの上部に取り付けてある固定式の記録用カメラに思えた。
一瞬、映像は上にパンしたあと、勢いよく下を向いて、地面を映し出すとノイズと共に消えた。
「 レベル5エラー!! ダーン!ダーン! レベル5エラー!! レベル5エラー!! 」
映像と同時に、またも銃声らしきものが二つ耳に飛び込んできた。
亜土夢の脈拍は異常な高まりをみせ、発汗は尋常ならざる量で身体に流れだす。
モニターに映像が戻ることなく待機モードに移行している。
そして、警告音のあいだに聞こえた人の声も、今は聞こえなくなっていた。
またも、亜土夢の頭の中に考えが湧いてきた。
ミハイル副官は、月が変形した月面の洞窟で何かを発見したのだ。 仲間を殺してでも独り占めにしたい何かを、と。
この現状と精神状態のなかでは、亜土夢にとって、もはや妄想でなく現実であった。
そして、亜土夢の頭の中に占めている一つの言葉があった。
” 神の領域 ”
亜土夢は、自分の中の理性でない部分が過敏な反応をみせていることを客観視できなかった。
ついに、亜土夢の考えは極論を迎えた。
何を独り占めにする気だ。 チームの仲間を殺して、神の領域を手に入れるのか。 このチームのものだろ。 俺のものでもあるはずだ。 独り占めは許せん、と。
仲間が殺されたこと、自分の置かれてる生死の分かれ目、それらを押しのけて” 神の領域 ”に対する興味が勝ってしまったのである。
そうなると、さきほどの映像と音声が揺れては返すさざなみのように、極度の精神状態にある亜土夢の頭の中で何度も繰り返された。
そのうちに、あることに気づくのである。
映像が反対を向いたとき、光がある人口建造物の壁の入口を映し出していたことを。
そして確信した。 あの場所は、月面基地予定地の居住ブロックの近くにある溶岩チューブと呼ばれる地下空洞であると。
その答えを導き出すと同時に、亜土夢の視線は船外に向けられた。
制御部は、もうすぐ月の手の裏側に回ってしまう。 そうすれば、一時間以上表側に戻って来れない。
表側に周回したときは、救助船が到着することだろう。
そうすれば、ミハイル副官の罪も公になり、” 神の領域 ”とやらも白日のもとにさらせるだろう。
そんなことを考えながら、亜土夢はこう思った。
その前に” 神と名がつくもの ”を見たい、知りたい、手に入れたいと。
人は考えたときに、推測でもなんでも答えが導けるときには落ち着く余裕が産まれる。 余裕がないとき、人の本能にあるエゴは、自分とって興味のあるものが誰かの手に渡ったことに対して強烈な独占欲求を阻むことができない。
亜土夢は、脱出ポッドを制御部から射出させるボタンを躊躇なく押した。
脱出ポッドは、制御部に別れを告げ太陽に照らされながら闇を滑っていった。