1-7(8) 亜十夢 真月
「レベル5エラー!! レベル5エラー!! レベル5エラー!!」
ヘルメットの中ではシステム警告音が鳴り響いている。 視線をバイザー部分の簡易情報に視線を移すと意識が戻ってから、ほんのひとときしか経過していないことを理解した。
しかし、ひとときとはいえ、亜土夢は自分の肉体の状態。 そして、船外の現状について把握し彼なりの結論をまとめることができた。
たとえ人智を越えるようなことが立て続けにおこったとしても、自分の頭の中で推測しきれたときの精神状態はパニックになることがない。
すると、生きている以上、亜土夢は生き抜く手段について考え始めようとした。
通信回線が不調で司令室のレーダーも使えない脱出ポッドにいる現状では、集中管制船が無事に近くに残っているのかは確認する術がない。
地球に帰還するための手段としては、月と地球の間に待機している緊急救助船の到着を待って、見つけてもらうことが現実的だと思われた。
月で起こっていることは、われわれの宇宙船前線に確かめるまでもなくバックアップ宇宙船はては地球の人類においてまでも気づいているだろう。
そう考えると、緊急救助船の到着までの時間と現在の状況で生き残れる時間との差分を検証することにした。
緊急救助船以下バックアップ船には電磁駆動推進システムEM Driveがまだ搭載されていない。
早くても、緊急救助船の位置からでは3時間くらいかかるだろう。
あの月の変形した時間から今までに経過した時間は、おそらく3、40分くらいしかかかってないだろうと思った。
残り、2時間30分!
少なくとも、その時間までここで生きていることが最低条件と考えられた。
まずは、酸素だ。
閉じ込められているとはいえ、船外脱出ポッドの中であった。 普通の状態であれば、濃縮酸素タンクにより2週間は生存可能である。
脱出ポッド内に設置してある簡素なシステムメーターを確認してみる。 空気循環システムのメーターレベルは異常値のレッドを示すことなくオールグリーンであった。 満タンに近い。
酸素は大丈夫そうだ。 宇宙服の生命維持システムについても、気圧・温度・空気の状態を示すメーターはヘルメット内部のバイザー部分にオールグリーンのシグナルを維持している。
あとは、このロボット管理宇宙船 ”牛車” の制御部の耐久性だけが生存条件の必須条件に考えられた。
それが、一番のやっかいなことは最初から気づいていた。
システム警告音のレベル5エラーは、いっこうに止む気配がなかったからである。
また、制御部のシステム管理画面を確認することが出来ない現状では、レベル5の警告の原因を特定することもかなわなかった。
わかることは、制御部について極めて重要な問題が生じていることだけ。
月の手が、先ほどから同じ距離感に思えることは、なんとか月の手の周回軌道に乗っているらしいことは想像できた。
”牛車” の制御部が爆発もしくは暴走して周回軌道から外れるか、月の手が襲って来ない限り、緊急救助船を待っていれば助かるだろうと結論づけた。
自分の生存確率が高くなったとき、周りを思い出す余裕が生まれるものである。
亜土夢は苦笑いしながらも、集中管制船が無事かどうかを確かめる手段がないものかと窓の外を見ていた。
あと10分もすれば、周回軌道にのりながら制御部は月の手の裏側に回るだろう。
月の手の裏側は太陽光が届かない漆黒の闇になり、肉眼では何も見分けることができない。
亜土夢は、視線を窓の外の船外に休むことなく上下左右と注いだ。
制御部自体が回転しながら月の手を周回しているため、月面というか月の手の掌が見えたり地球が見えたりしている。 肉眼でおさえられる可能な情報を少しでも探ろうと、まばたきをわすれて凝視していた。
あいかわらず、聞こえる音は機械的な警告音が一定のリズムに基づいて流れていた。
ただ、その音の間に、何か、機械的なものでない音が含まれていることに全神経が集中した。
「 レベル5エラー!! われわれは。。。 レベル5エラー!! 人とはなんだ。。。 」
誰かの声が聞こえる。 また、通信回線が一方的に開いたみたいだ。
その警告音の合間の声にさらに意識を集中する。
「 レベル5エラー!! 戻るのだよ。一人でよい。 レベル5エラー!! ダーン 」
聞き取れる声からでは内容まで理解できなかったが、その声はミハイル副官の独特な英語なまりがあったように感じた。
最後の音は銃声のようにも聞こえたことで、亜土夢の鼓動は今日一番の速さを訴えた。