1-2(3) 亜十夢 アイドル
「私たちのライブも残りわずかになってきました~」
アイドルの女の子らしい可愛い声だが、歌い疲れのせいか少ししわがれた声になっている。
「さー、最後までついてきてね~! わたしたちエルエスエス・フォティーセブンも全力で突っ走るから応援よろしく~」
「モニターでライブビューイング参加してる君もいっくぞぉ~!」
「私たちの代表曲”The bamboo princess”!! カモーーン」
女性アイドルグループのセンターが声を絶叫気味に叫んでいた。
そして、エレキギターの前奏がはじまり、ドラムとベースが追随するノリのいい音楽がスピーカ-から流れてきて、彼女たちの歌声が流れてきた。
「Long~! long ago♪ there lived♪ an old bamboo♫ wood-cutter♬ 。。。」
歌が流れる船内で、亜十夢は前面のモニターに映し出される月の表面の数値の状況を見つめていた。
ロボット管理宇宙船 ”牛車” の船室に亜土夢はいる。
月までの道程3分の1を過ぎ、月面作業の第一工程のため亜土夢は船団の先頭を走っていた。
そんな船内で、アイドルたちのライブはメンバーの自己紹介から始まって、周回ステーションを出発してから2時間以上連続した歌によるパフォーマンスを見せていた。
ロボット管理船 ”牛車” は宇宙船であり、人類最初の月面基地任務に向かっている道中であり、緊張と不安で圧迫感が漂うはずの船内で4時間の航行を亜土夢は過ごすはずだった
だが、アイドルたちの歌が亜土夢の耳から飛び込み、否が応にも湧いてくるマイナス感情を押しのけていたのである。
もちろん、宇宙船内にアイドルが搭乗しているわけもないのだが、地上のアイドルの録画とかでなく、リアルタイムに彼女たちがライブしていた。 彼女たちとは、人口知能支柱ロボ(Lunar Surface Strut)、通称LSS47体だ。
人口知能たちによる、月までの星間飛行の時間におけるパフォーマンスであった。そのライブセッティングはディアーナ教授によるものであったが。。。
「おーい。ライブはどうだい。盛り上がってるかい」
突然、地球の地上管制室と回線が開かれ、長い髪をアップにして大きめのウェリントン型のメガネが印象的な女性がモニターに映し出された。ディアーナ教授だ。流暢な日本語である。
今世紀最高の科学者と言われるオーラも、人類にとっての一大イベントを担っている雰囲気も、みじんも感じさせずに、ただ気品のある面持ちで緑色の瞳をこちらに向けていた。
「お気遣い、ありがとうございます」
亜土夢は、できるかぎり口角を上げながら返答した。
「まあ、これも宇宙船の航行テストの一環だから。 推進システムが電磁駆動推進システムEM Driveに替わった最初の船だから、太陽エネルギー電力がどのくらいの安定度を保てるかを二番目の目的としてね」
ディアーナ教授が話してる間も、LSS47のライブは止まらずに歌い続けている。
「一番目の目的は、せっかく47人も人口知能を個性豊かに揃えたんだから、47人のお嬢様たちは基地の支柱として役目を真面目に行動できるけど、礎として静かに埋もれるより一度華やかにさせてあげたくてね」
さすがに、ディアーナ・ノイマンという天才科学者の考えは、亜土夢クラスの頭脳では理解できるはずがないことを亜土夢は感じていた。
なので、亜土夢はディアーナ教授と話すとき嫌味なく答えられる数少ない人間なのである。
「なるほど。さすがディアーナ教授のお嬢様がたです。圧巻のステージパフォーマンスです」
亜土夢が、ディアーナ教授の言葉を拾い、”人口知能”という言葉でなく”お嬢さま”という言葉を使ったことで、ディアーナの満足度は上昇しているのが目尻にあらわれていた。
「さて、そろそろ月面の引力圏にさしかかりますね。彼女たちのラストギグを刮目しておいてね」
そういうと、ディアーナ教授はウインクをしてモニター画面から消えていった。
同時に、モニター画面にアメリカのローガン統合司令官、ロシアのミハイル副官、中国のハオラン工程管理官、EUのガブリエル情報分析官の4人の顔が映し出された。
「やっと、回線がつながった」
ガブリエル情報分析館が綺麗な英語で語りかけてきた。
「教授には困ったものです。教授の使用回線を強制通信モードにして他の通信を排他処理させて」
怒るでもなく落胆するでもない口調で、ミハイル副官は淡々と話す。
モニターに登場した4人には、説明しなくても事情が飲み込めているみたいだった。