1-10(11) 亜十夢 アンコール
「俺は、こいつらに騙された。 過去も未来も距離も肉体も関係ない、すべてが超越した大いなる宇宙の意思を手に入れた気持ちを味わされ、人間を超えた神という存在になった気分にさせられた。 そして、こいつらを受け入れた。 そして。。。人間でなくなった」
悲痛の叫びとも思えるミハエルの声だ。
「うぅっ。。。逃げろ。。。早く。。。」
うめき声と共に声が遠くなっていった。
そして、後ろ向きのミハエルの肩が上がり姿勢が戻る。
「ほら、ミハイル君を登場させてあげたよ。 亜土夢君の不安を取り除かないと、入れ物に十分な数が入れなくなってしまうからね」
また、なまりのない言葉がミハエルの声で話しかけてくる。 微笑みを携わっているような感じだ。
「ミハイル君にはまいったんだよ。 せっかく、王族である我らが最初に選んであげたのに。 暴走してしまって。 あげくには、入れ物である彼ら3人を殺してしまって」
ため息が聞こえるような口調だった。 そして、続けた。
「われらが創造した君たち人間が、脳と肉体を鍛え上げて遺伝子の中に変革をもたらしながら数を増やし、そのあとに、ここにたどり着くのを待っていたんだ。 今まではその時期でなかった。 そろそろ、われら同胞が入るにたる器になったみたいだ。」
「まずは、われら王族を連れていってもらおう」
そして、ミハイルはゆっくりとこちら側に向きを直してきた。
間違いなくミハイルの顔である。 ロシア人の特有高い鼻、整髪されて乱れない金髪、少しどんぐり眼。
ただし、生気のある顔には見えなかった。
顔から視線を下に落としていくと、手には何かキャベツらしきものを5つ持っている。
また、頭の中に声が楽しそうに語りかけてきた。
「ミハイル君は、われら5人だけしか入れなかった。 亜土夢君は、きっと倍の10人は連れっていってくれるね」
亜土夢は、ミハイルが手に持っている何かを再度凝視した。
子供の頃、理科室にあった人体模型の脳の形。
その瞬間、亜土夢は後ろに走り出した。
亜土夢は、よくわからないが、ここにいては危険な匂いを感じたのである。
ミハイルを最初から警戒して距離をとっていたことが幸いした。
宇宙服のせいで機敏な動きはできないが、4区画を通り過ぎて3区画の入口まで邪魔されずにたどり着いた。
「亜土夢くーん。 すごいなあ、早いなあ。 その肉体のスペック高そうだよね」
あの声が亜土夢の頭の中に入ってきた。 振り返らずとも、そこに迫ってきている圧迫感を感じる亜土夢。
急いで、4区画と3区画の間の防護扉を後ろ手に締めた。
同時に、もう一度、先に向かってダッシュした。
「どこに行くのぉ? 脱出ポッドは君自ら壊したし、外にある集中管制船はミハイル君が自分しか入れないようにロックかけてしまってるんだよ。 宇宙に逃げられないなら、月面はわれらの肉体と一緒だよ」
あの声が、茶化すように亜土夢の頭の中に話しかける。
亜土夢は2区画を走りぬけ、1区画に入って2区画側の扉を閉めたあと、力が抜けていきドアを背にしゃがみこんだ。
宇宙飛行士として任務についた時から、事故も含めて死は覚悟していたが、得体のしれないものにとりこまれて狂ってしまうのが。。。いや、人類にとって最悪のものを地球に持ち帰るかもしれない恐怖に打ちひしがれた。
「pi-pi-。」
ヘルメットの中に通信回線を開く機械音が小さく鳴った。
「アンコール会場にようこそぉ~」
人口知能、アイドルグループLSS47の声である。
「ファンのみんな。 おひさしぶりんこぉ~。」
亜土夢の状況に構わず、イケイケのテンションでしゃべっていた。
「亜土夢君、この扉開けたら、入れてもらうからね。 まっててね~。 そっちの部屋に私たちの粗悪なレプリカが存在してるみたいだねぇ。 もー、下等生物以下の存在は消えなさい」
今度は、ミハイルの声が亜土夢の頭の中に響いた。
「なーにー、酷い言い方するなあ。 あっちの部屋に変な奴がいるね。 亜土夢になんかするつもりだな。
アンコール公演の邪魔するんじゃなぁい!!」
LSS47のグループNo.2が不機嫌そうに話した。 そして、さらに別のメンバーたちが話す。
「私達は、人間のためにいるんだし、変な生き物排除しちゃおうよ。 人間の皮を被ってるけど、生物でない化け物はポイポイ」
「そうだよ、さっきの私たちを侮辱した言葉も許せないよね。 やっちゃお」
「はーい。多数決でけってい。 ホイ!!」
その言葉が発せられると同時に、ものすごい地鳴りが響いてきた。
「きさまら~。。。人間を殺すとは。。。」
ミハイルの声が途絶え途絶えに聞こえてきた。
すかさず、アイドルたちの声がかぶせる。
「あんたの存在がいったん消えそうだから答えるね。 私たちは人間を殺せないよ、 プログラム不殺があるから。 でもね、あんたらは人間じゃないから潰しちゃったんだ、クシャっとね。 バアーイ」
それを聞くやいなや、ミハイルの声が小さく呻くように亜土夢の頭に入ってきた。
「このことは決して忘れんぞ。 レプリカども。。。」
その声が聞き取れなくなるや、地面の下から新たな振動が身体を揺さぶった。
「もー、大人げないなあ! ここで月の親指を立てるのかあ。 私たちの存在を宇宙に葬る気まんまん」
さっきから、まったく置かれてる状況も現況もわかってなくしゃがみこんでる亜土夢。
床は今にも裂けそうなほど盛り上がっていた。
そんななか、LSSグループNo.1が優しく話しかける。
「アンコール公演は無期限延期になりました。 私たちも、ここ第一区画を支えてるグループNo.1からNo.7までの神7しかいなくなってしまいました。。。さあーて、最後のパフォーマンスは、ディアーナ姫との約束通り、君を無事に返すこと」
「神セブン! レッツダンス。。。」
その声と共に、亜土夢がいる居住第1画は月面から離れ、宇宙に向かって急上昇した。 月面の支柱ロボが居住ブロックを、最後の力で宇宙へ放り投げたのである。 予期せぬ上昇の圧力に亜土夢の意識は飛んだ。
月面では、支柱ロボおよび居住第2画たちが月面にできた裂け目に消えていく。
そして、月の手は五本の指を完全に開いて太陽の光を浴びた姿を地球に見せつけた。