暖かな一時
注目の中、終わりの見えない打ち合いが、止まった。
お互い満足したようで、距離を取り、剣を収める。
と、双方が注目されているのに気が付き、リシェアオーガは苦笑し、アレストは無表情の中に、ほんの少し微笑が見えていた。
「そなた達…自分達の鍛錬は、如何した?」
頭を抱えながら質問を投げると、緑の騎士から返答が返って来た。
「お言葉を返すようですが、リシェア様、手練れの打ち合いを観戦するのも、鍛練の一環になりますよ。然も、アレストとリシェア様なら、尚更です。
以前の貴方も、経験なされたでしょう?」
昔の事を持ち出された彼は、それを思い出した様で溜息交じりに告げる。
「全く、ランには敵わないな。で、トア、参考になったか?」
久し振りに会う、目下の弟子の一人である見習い騎士に尋ねると、彼は大きく頷き、目を輝かせて興奮気味に答えた。
「オーガ師匠、間の取り方、剣の受け運びの仕方…後色々参考になりました。
…なるべく、出来るようになりたいです。」
後半弱々しく言うアルトアに、アーネベルアがポンポンと軽く頭を叩き、ランシェが肩に優しく手を置いてアルフェルトが背中を軽く叩く。
「アルトア君、その意気込みなら、大丈夫だよ。」
「アルトアでしたね、貴方は筋が良いので大丈夫ですよ。
リシェア様やアレストまでは難しいですが、ランナ位だったら行けますよ。」
「トアは筋が良いよ。これからもっと伸びるから、大丈夫だよ。
僕が太鼓判を押すよ。」
精霊達の言葉に続いたアルフェルトのそれにレイナルが、彼の太鼓判は、あまり当てになりませんねと突っ込みを入れる。
このさり気無いアルフェルトの兄弟子の言葉に、大地の精霊が珍しく悪乗りをする。
「確かに。アルフのでは、ちょっと不安がありますが、代わりに私が押しましょうか?」
「そうだね、ディエンの太鼓判なら安心です。
…トア君は、アルフより強くなるかもしれないね。」
止めのクレオの言葉で、周りが笑い出す。彼等の態度で不貞腐れるアルフェルトに、リシェアオーガが援護をする。
「心配するな、アルもこれから強くなる。
どちらが先に強くなるか、競争しても良いな。」
楽しそうに告げる彼にアルフェルトは機嫌を直し、自分に祝福を与えた神を見た。久し振りに会った彼は、向こうの世界とは違う一面を多く秘めている様に映る。
ここは、我が神々の御一人の護る世界。
我が神の愛する世界だと、彼は実感した。
そして、かの神の周りには、戦う者・騎士達が集っている。
神龍は勿論、精霊騎士と呼ばれる者達、そして横にいる自分と同じく祝福を受け、主をかの神に定めた人間の騎士。
だが、この世界の彼等は護られる神々で無く、自分に仕える騎士達と共に戦う神々。
仕える騎士達より強い彼等は、戦いを苦とせず、己の誇りとしている。護る為の戦い…アルフェルトの仕える神に課せられた宿命だが、そんな我が神を自分なりに支えようと思った。
そう言う意味では、ここに居る騎士達は良いお手本となる。
彼等は、神と共に戦う騎士。
仕える神と共に剣を振るい、護りたい者を護る。
彼等の様になりたいと、アルフェルトは思った。
色々な事を思案していると、ふと彼は、先程の大地の精霊騎士が緑の騎士を兄と呼んだ事を思い出し、その事を尋ねる。
「あの…レスでしたよね。
先程ランシェ殿を兄者と呼んでたけど、別の精霊同士なのに兄弟なの?」
不意に聞かれたアンタレスは、一瞬何事かと思ったが、直ぐにあの時の事を思い出して説明をする。
「ん?ああ、俺は元々、ランシェ兄者とランナと同じ木々の精霊だ。
色々と事情があって、今は大地の精霊だけどな。」
彼の言葉を受けて、兄者と呼ばれた精霊が口を挟む。
「ついでに言えば、人間でいう、血の繋がりは無いですよ。
ですが、魂の繋がりみたいな物があって、レスは私の弟として養子になったのです。」
緑の精霊騎士から魂の繋がりと聞いて、彼方の住人は不思議に思ったが、アンタレスが続きを付足した。
「簡単に言えば、俺の前世がランシェ兄者の弟だったって事だ。勿論、その記憶はあるが、今はアンタレスと言う精霊で、別人だ。
まあ、家族が一人しかいなかったから、兄者とランナの提案で家族に戻ったって訳だ。」
彼の言い草に更なる疑問が増えたアルフェルトは、追加の質問をした。
「家族が一人いるのに…養子になったの?え?そのもう一人の家族は??
??今は、一緒じゃあないの?」
頭を抱えて混乱するアルフェルトに今度は何故か、リシェアオーガが噴出した。
「アル、レスの残った家族は今、レスと一緒だぞ。
まあ、まだ此方の神話を知らないから無理も無いが…それは私の事だ。私はレス達、木々の精霊に育てられ、己が神子とは知らずに精霊として13の歳まで生きた…。」
「その後色々あってね、今に至るって事だよ。」
表情を暗くするリシェアオーガの後を、端折り過ぎのランナの補足が続いた為、周りが笑い出す。詳しくは神話を聞かせて教えると、リシェアオーガがアルフェルト達に告げていた。
只、アルフェルトとレイナル、ディエンファムは、彼が両親の許で育っていない理由を知っている。
神龍の王であるが故、それが理由の全てであった。
鍛練が一時的に中断されて和やかな雰囲気の中、向こうの世界の住人に取って聞いた事の無い声がこの部屋に響き渡る。
「リシェお兄ちゃま!!」
突如聞こえた、騎士達の集まる場所に似つかわしくない幼女の声。
振り返ると、そこには先程の大神官補佐と真っ白いドレスの少女達。金色の髪と紫の瞳の幼女と、緑の髪と青い瞳の少女。
リシェアオーガは、その少女達に微笑み、その場で腰を落とす。
「アシェ、フィーナ、御出で。」
両手を広げて少女達を呼ぶと、幼女が勢い良くその中へ飛び込む。抱き留める彼は、少女達へ話し掛ける。
「アシェ、フィーナ、危ないから此処へ来ては駄目だと、言われなかったかい?」
注意をされた腕の中の幼女は、泣きそうな顔になって謝罪を口にした。
「…う…ごめんなしゃい。」
「御免なさい、リシェアお兄さま。
……あの…お兄さま達が剣を振るっている所を、どうしても見たかったから…。フェリやレス達がいるから、大丈夫だと思って…。」
ゆっくりと彼の傍に近寄る少女からも声が上がり、周りの騎士達も仕方無いと苦笑していた。幼女を片手で抱き上げ、少女の肩を抱き寄せた彼は、向こうの騎士達へ少女達を紹介する。
「向こうの世界の聖騎士達、この二人は私の妹達だ。
アシェ、フィーナ、彼等へ挨拶をするんだよ。」
兄に促され、少女達は挨拶をし始める。
「初めまして、私は、この世界の希望の神・ミュリレムア・リュージェ・ルシム・ミュリナフィーナ。
光の神を父に、大地の神を母とする者です。リシェアお兄さまがお世話になりました。」
「はじめまして、わたしは、リュージェ・ルシアリムド・アフリスなの。
お兄ちゃま達のように、役目はまだもってないの。」
一人は神の役目を持ち、もう一人は神子だと言う妹に兄は、少し怒った様な声を出す。
「…アシェはまだ成人前の幼子故、力の目覚めも無い。十になったばかりなのに、役目を持つなんて無茶をさせるか!
フィーナもだ、役目を持つとはいえ、危ない目に遭わせられるか!!」
本音の漏れたリシェアオーガへ、失笑が起こる。向こうの世界の太陽神の姿が重なったようで、特に月神の聖騎士が笑っていた。
彼女等と向こうの騎士達が挨拶を交わした後、一番最後にアルトアが彼女達に挨拶をする。
「あの…オーガ師匠の妹君ですか?初めまして、向こうの世界の騎士見習いのアルトアと申します。
師匠にはお世話になっています。」
神と扱わず、師匠と呼ぶ少年へ彼女達の視線が集まる。
特にミュリアフィーナの視線にアルトアはたじろぐが、彼女の真剣な表情が一変して微笑に変ると、驚いたように見つめる。
「トア、頑張ってね。貴方には可能性があるわ。
だから、何事にもくじけず、己の心情を持って進めば必ず望みは叶うわ。」
希望の女神らしい言葉にアルトアは、嬉しそうに頷いた。アルフェルト達より一層確かな保障に、周りの者は納得した様だった。