神々の出立
カーシェイクの部屋へ入って来た彼等に、周りの視線が集まった。
この部屋に来たのは、エルシアを筆頭にイリーシア、ウォルトアの三人。勿論、言い争いをしていたのは、エルシアとウォルトアだった様だ。
「御機嫌よう、ウォル、イリィ…と、エル。」
付け足しの様に挨拶するカーシェイクに、エルシアは苦笑する。何時もの事ながら、この御仁はエルシアをオマケ扱いする。
彼の妹がエルシアを毛嫌いしている事で、彼をイリーシアのオマケと扱う事の理由と思われたが、それだけでは無かった。
自分の大切な妹に向かって、無礼を働いた相手を好ましいと思う兄はいない。エルシアも同じだからこそ、彼の態度を諌める事が出来無いようだ。
妹を思い、大切にしている…だからこそ彼の対応に反論しないでいると思われる。だが、一応挨拶をするエルシアを、カーシェイクが無視する事は無い。
必要以上に話さないだけの彼から、溜息と共に辛辣な言葉が襲って来た。
「やっぱり、付録が付いた様だね。リーナに何て言おうかな?」
「カーシェ殿、リーナ殿へは以前に一度、私が忠告しましたけど、お気になさらないようですよ。ですから、無用な付録付きでも宜しいようです。」
カーシェイクの言葉を受けた、これまた辛辣な言葉が続く。こちらの世界の大地の神の毒舌は未だ健全な様で、何時にも増して毒が強かった。
内心引き攣りながらも無言で佇むエルシアに、イリーシアの言葉が止めを刺す。
「だから、エルシアお兄さまは、お留守番って言ったのに…。
リーナお姉さまも一人でいらっしゃいって、おっしゃってたし、向こうの世界は、リシェアお兄さまが護っていらっしゃるから、物凄く安全なのに…。
カーシェお兄さま、御免なさいね。」
妹の痛恨の一撃により、兄は落ち込みの沼へと入り込んでしまった。
妹の言葉に落ち込む兄をカーシェイクは、少し苛め過ぎたかなと思った。妹の事になると、兄が心配性になる事は己で経験済み。
まあ、その妹を蔑にした目の前の男神を許す気持ちには、まだなれなかった。フェーニスの様に一発叩いて、御仕舞いにはならない。
カーシェイクのそれは、剣を扱えない者に取って強烈な物となり得るのだ。
故に、助け舟はまだ出さない。
出すとすれば、向こうの世界に帰って妹達の気が済んでからと決めている。
内に秘めた言葉を出さず、カーシェイクは彼等に告げた。
「まあ、余計な付録も付いている様だけど、気にせず出発しようか。
リエラナ、ラルガレ、準備は出来てるかい?」
己に仕える文官へ質問をすると、即答で返事が返ってくる。
「はい、我が神よ。何時でも向こうに向かえます。」
「此方の方々の御着替えは、向こうで準備が出来ております。…まあ、若干一名、用意が出来ているか如何かは、全く以て不明ですが。」
誰とは言わないでも判る遣り取りに、こちらの世界の者は苦笑した。当の本人であるエルシアは、如何にでもなると思い、黙って妹に付き添う。
そんなエルシア達の様子を見ながら、カーシェイクは彼等へと言葉を掛ける。
「あ…と、君達の騎士は、先に送って於いたから心配しないで良いよ。
…一応、エルの騎士もいるけど、彼はフェリの愛弟子だから向こうに招待したんだよ。向こうで合流したら君の騎士と扱っても良いけど、くれぐれも無茶をさせない様にね。」
さり気無く釘を刺す事を忘れないカーシェイクに、エルシアは苦笑気味になっているが、ルシェルドが励ましの意味を込めて、その軽く肩を叩いた。
「エル、気にするな。カーシェ殿には何かしら、考えがお有りだ。
…それと、イリィが心配なのは判るが、オーガ達を信頼して欲しい。彼女等の世界が危険に満ちているとは思えないからな。」
「…無理だな。イリーシアを心配するなって事は出来ない。
オーガ達の事は……まだ、完全には信用していないのかもな…。神と判っても、得体のしれない者としか、認識出来ていないのかもしれない。」
オーガの力を目の当たりにしていないエルシアでは、そう考えても仕方無いとルシェルドは思った。彼等の会話を耳にしながら、聞こえない振りをしている二人の毒舌家は、楽しそうに会話をしている。
「カーシェ殿、向こうの世界は、どの様な感じでしょうか?
リシェア殿がお勧めになった生誕祭は、賑やかなのでしょうね。」
「賑やかだよ。でも、今年は他の国の人々が余り参加出来ないから、そうでも無いかもね。本来なら今回の生誕祭は、降臨祭を伴っているから普段の生誕祭より賑わうのだけどね。
まあ、その代わり特別なお客が来るからって、ルシフの人々と舞踊家達、屋台の人達が力を入れているみたいだよ。」
「それは楽しみですね。」
交わされている会話にイリーシアとウォルトアは、期待に胸を膨らませている。勿論、兄を心配しているファレルアも、内心大いに期待しているようだ。
そんな彼等を連れたカーシェイクは、微笑みながら自分の世界へ帰って行った。