精霊達の溺愛
精霊達の物申すが終わり、水の神が揃った所でリシェアオーガの膝の上の小さな存在が動いた。
「…うにゅ…お兄ちゃま…?」
兄の姿を確認したその子は、直ぐにその胸へと飛び込む。これを優しく受け止めるリシェアオーガに、再び注目が集まる。
「アフェ、起きたのかい?
まだ、祭りの支度が終っていないだろう?リーナの処へ行こうか?」
優しい笑顔で告げる兄へ、妹が首を横に振る。
「いや、お兄ちゃまと一緒にいるの。…お兄ちゃま…まだお仕事?」
ここに帰ってから何度も繰り返している会話に、周りの精霊達が心配そうな顔をする。しかし、兄であるリシェアオーガは、今日だけ、妹の我儘を断らなかった。
「ルシフ王の仕事は、終わっているよ。
今日はアシェ達と一緒にいられる様、皆が協力してくれたからね。アシェ、後でフィーナと共に、神官達と精霊達にお礼を言いなさいね。」
兄の言葉に頷く妹は、自分の父親が近くにいる事に気が付く。そして…兄と父、もう一人の兄とをキョロキョロと見回し…
「カーシェお兄ちゃま、リーナお姉ちゃまの所へ行くの…一緒に来て。」
と一番上の兄へ両腕を伸ばす。
指名された兄は、妹達の傍に近付いて一番末の妹を抱き上げる。
抱き上げられた妹は残された兄へ、姉であるリルナリーナの用が済んだら、一緒にいていいかと遠慮がちに告げる。その彼女へ微笑を添えて兄は頷く。
「アフェが良い子にしていれば、迎えに行くよ。
終わったらリーナに、私へ知らせる様に伝えてくれるかな?」
先程の迷子になった件を考慮しての兄の言葉に妹は頷き、一番上の兄と共にこの部屋から出て行った。
彼等を見送った兄・リシェアオーガは、その場から立ち上がって精霊達へ向き直る。そして…改めて、言葉を掛ける。
「此処に居る皆には、心配と迷惑を掛けて済まなかった。特に、我の騎士達には、かなりの迷惑を掛けたと思う。」
真摯な眼差しを受け、精霊達は一斉に首を横に振る。
その中の一人、先程太陽神へ文句(?)言っていた光の精霊がリシェアオーガに近付く。
「リシェア様、私達は心配こそはしましたが、迷惑だとは思っていませんよ。
寧ろ、貴女を攫った愚か者が私達に迷惑を掛けただけですよ。」
そう言って彼は、目の前の神を抱き締める。自分の神の神子であるリシェアオーガは、彼にとって大切な保護対象でしかない。
それは、ここに集まっている他の精霊達も同じ。光の精霊が神子を離すと、大地の精霊二人が傍に近寄る。
緑の髪と紫の瞳の精霊と薄茶の髪と青い瞳の精霊。
緑の髪の精霊が無言で彼を抱き締めると、もう一人の薄茶の髪の精霊が彼の頭を優しく撫でる。
「オーガ、無事で戻ってくれて良かったよ。
レスも、私も…べルアやフレアム、ケフェルも、ランナも…ここにいる全ての人達が君の事を心配したんだよ。」
薄茶の髪の精霊の言葉を受けて、彼を抱き締めている精霊も口を開く。
「オーガ、本当に無事で良かった。
今回の事は、不可抗力だから迷惑だとは思っていない。だけど…お前、向こうで目一杯、暴れたみたいだな…。」
少々怒りの籠った声に腕の中の少年は反論をする。
「仕方ないよ。
勝手に召喚した方が悪いのだし、こっちにも寛大なる迷惑を掛けたんだから。それ位の事を僕からされても、文句は言えないでしょ?」
向こうの神々が今まで聞いた事の無い口調で喋るリシェアオーガに対して、大地の精霊達は失笑するが、それを援護する様な声が掛かる。
「…レス叔父さん、リシェア…じゃない、オーガ君の言う事は正論だよ。
俺達だって、同じ様な目に合ったら全く同じ事をしてるよ。」
緑の瞳の精霊の言葉に他の精霊達も頷く。
甥の言葉に溜息を吐いた紫の瞳の精霊は、腕の中の存在を離し目線を合わせて、仕方ない、説教はなしだと告げる。
途端に嬉しそうな顔をした少年・リシェアオーガの顔は、神の顔では無く姿相応の少年のそれであった。
初めて聞くリシェアオーガの口調と姿に、向こうの世界の神々は再び驚いている。
子供らしい言葉使いに、子供らしい表情。
そして…対する精霊達の彼の呼び名…。
敬称を失くしたそれは身内を気遣う物でしかないが、周りはそれを無礼とは取らない。
彼等の様子と向こうの世界で全く見せなかったそれに、向こうの世界の住人達は不思議そうな顔をした。
傍にいる父親や先程までいた兄では無い相手から、子供扱いされている彼。
精霊達が年上だとしても可笑しいと思えるそれに、ルシェルドが問い掛けようとした時、真実が判った。
「帰って忙しかったから言えなかったんだけど、レス兄さん、バート義兄上…べルアにフレアム、ケフェにランナ…コウにフレア、心配掛けて御免。」
大地の精霊達を兄と呼んだリシェアオーガは、集まっている視線に振り向いて口調を変えて説明をする。
「此処に居る大地の精霊、アンタレスとバルバートアは、私にとって育ての兄達だ。
特にレスには、13の歳の時まで兄として慕い、一緒だった。」
微笑を浮かべて話す彼の頭へ、傍らにいる紅の髪の精霊の手が乗る。見知った炎の騎士に似た精霊は、カルミラの方へ向き、一礼をする。
「向こうの世界の、地神であるカルミラ様…でしたね。
我等が神であるリシェア様と我等の弟分であるオーガ君が、お世話になりました。」
二人分の名を告げ、礼を言う焔の騎士とその周りの騎士達。
仕える神がリシェアオーガであると同時に、永年の知己である事を知らしめている。彼等の言葉を笑顔で受け止めたカルミラは、そのままの表情で口を開く。
「本当にリシェア殿には、保護者の方が多いのですね。」
感心した彼の言葉に、父親であるジェスクも参加する。
「リシェアは、生まれたばかりの頃から、周りに心配を掛けているからな。
それに目を離すと、自分の事を顧みずに無茶をする。」
優しい目で我が子を見つめ、周りにいる騎士達の姿へ視線を移す。彼等を目にした父親は感謝の言葉を続ける。
「そんなリシェアだからこそ、この子を育ててくれたレス達や、短い間であったが面倒を見てくれていたバードやべルア達も心配して、この子の傍を望んでくれた。
本当に有難い事だ。」
しみじみと告げる父親に、不服そうな顔で反論を試みるリシェアオーガであったが、周りにいる義兄が口を挟む。
「ジェスク様、勿体な御言葉ですが、私達は、オーガが寂しがらない様にと思って傍にいるのです。あの頃のこの子は、孤独の中でいて寂しい思いをしていたのですから。
それを放って置くなんて…私達には出来なかっただけですよ。」
そう言って、優しく帰って来た少年神を後ろから抱き締める薄茶色の髪の精霊は、当時の事を思い出している様であった。
リシェアオーガが神として、神龍の王として、目覚める前の事を少しばかり知っているルシェルド達は、周りの精霊達がその時に関わった者達だと悟る。
そして…ここには居ない大地の神龍から、前に聞いた言葉を、実感した。
孤独の中にいたリシェアオーガと今までの自分が似ている……それをやっと理解し、現在の彼を見る。
仲間とも、保護者とも呼べる多くの精霊と神々に囲まれ、一人でいる事の無い姿。
似ていないと思われるそれは、以前の事を踏まえての周りの対応の賜物であり、彼自身の行動に因る物だとも知らしめた。




