両世界の水神達
ここへ来た一部を除いた向こうの世界の不甲斐無い神々の特訓が決まると、そこへ水の気配が近付いた。
只、その気配は、二人…楽しげな話し声が聞こえ、その姿が見える。
一人は向こうの世界の水神・ウォルトア、もう一人は…こちらの水の神らしいが、彼も同じ様に性別を感じさせない御仁であった。
彼等が部屋に入ると、こちらの水の神らしき人物が口を開いた。
「その様子だと終わったみたいだね。ジェス、エア、フレィ、ご苦労さん。
ウォーレ、ネリア、彼に言いたい事、ある?」
名を呼ばれた青い髪と瞳の水の精霊と彼と同じ色合いの水の神龍は、その問い掛けに答えた。
「ウェー様、私達精霊からは御座いません。
ウォルトア様は、巫女の件に置いて選ぶ事をされていましたが、巫女達の御身内に対して御考えになられていました。
巫女の制度に反対されていた方を、責める気はございません。」
目の前の神を愛称で呼ぶ青の精霊に、碧き竜も続く。
「ウェーニス様…それが本当なら、何も言いません。この方が我が王を選ばれた訳ではありませんし、我が王…いえ、我が神に対して丁寧な対応をされました。
その様な御方を責める気にはなれません。」
水の神の精霊騎士は柔らかな視線と言い回しで答え、水の神龍は冷たい視線のまま、やや優しく感じる言葉を返す。
彼等の言葉にウォルトアは申し訳なさそうな顔をした。責められると思っていた事が、こうあっさり返されて逆に不安になったらしい。
そんな彼の反応を横にいる神は気が付き、その肩を軽く叩いた。
「ウォル、彼等もああ言っているから、気に病む事は無いですよ。
君は、リシェアを心配してくれました。あの怒りに駆られたあの子を、真っ先に心配してくれた貴方には感謝しますよ。」
「え…ウェーニス殿、それは…当たり前の事でしょ。だって、あんな様子じゃあ、誰だって心配するわ!
髪と瞳の色が変わって、血塗れじゃあ!」
当時の事を思いだし、そう告げるウォルトアに水の神龍が近付いた。何事かと思って身構える彼の目の前で、件の龍は膝を折る。
「我が神の事を御心配頂き、有難うございます。
我が神は怒れる神故、恐れられる事が多い方です。その御方を貴方は体だけでなく、心まで気を掛けてくれました。
我等神龍一同、感謝致します。」
水の龍の言葉を受け、その場にいる神龍達は勿論、リシェアオーガに仕える精霊騎士達も跪き、その代表である大地の騎士が礼を述べる。
「我等、リシェア様に仕える精霊騎士も感謝致します。」
彼等、リシェアオーガに仕える龍の騎士達から、感謝されたウォルトアは困惑して慌てたように声を出す。
「あの…私は、感謝されるような事をしてないのよ。
本当に心配だったから、してまでで…え?え?あの、だから、当たり前の事に畏まれるのは…違うと思うの。」
動揺している事が判る彼の口調に、ウェーニス達こちらの神は微笑んでいた。そして、援護の声が掛る。
「ネリア、レス、それ位にしておけ。それ以上すると、ウォルの混乱が酷くなる。」
「そうですね、ウォルの口調が可愛らしくなっていますからね。
ウォルって、男性にして置くのが勿体無いですよ。こんなに可愛らしいのに、両性体じゃあないのが悔やまれます。」
自分より背の高い、こちらの水の神に言われて一瞬驚き、動揺したまま隣の神へ如何いう意味かと問い掛ける。
すると件の神は面白そうに微笑み、理由を述べる。
「ですから、私が女性の時の姿より、ウォルの方が可愛らしく綺麗だと言いたいのですよ。」
そう言って、彼は彼女へと変わる。
ウォルトアと同じ位か、やや低い背で青く緩やかな曲線を持つ長い髪、瞳はやや緑ががった青で先程とは似ても似つかぬ顔であった。
美少女と言って良い程の姿で青のドレスを纏い、腰にある剣も体に合わせ、やや細めの物になっている。
「如何ですか?私よりウォルの方が綺麗でしょ?」
声は高くなっているが、口調の変らないウェーニスに驚きを見せるウォルトア。
「え…ウェーニス殿も両性体なの?
でも、リシェアオーガ殿と違って、姿まで変わるの??」
少女となった、こちらの水の神をまじまじと見つめる彼の耳に低い男性の声が届く。
「そうだ、初めの七神で両性体の者は、性別を変えるとその姿さえ変わる。
別人になるとも言えるな。」
こちらでの周知の事を告げる光の神に、水の神も己の事を告げる。
「ジェスの言う通りです。
ですから、私とフェーニスは、一人で子を生す事が出来たのですよ。」
教えられていた神話を目の当たりにした向こうの神々は、驚きながら両性体であるリシェアオーガへと視線が向ける。
その視線に気が付いた、当人は深い溜息を吐く。
自分達の場合は無理だと言う事…彼等は基本の姿の性別を変えるだけで、ウェーニスやフェーニスの様に別人とはならない事を暴露する。それに加えて、己等双子の感情までも答える。
「それに…私達の様な双子の場合は、唯一無二の愛情が無い。多くを愛する事は出来るが、両親や伯父達の様に一人の相手を愛する事が無い。
だが、家族を愛する感情はある。まあ、養い子も家族の一員となるがな。」
何気無く驚愕と思える真実を告げるリシェアオーガに、当時を思い出したウェーニスも言葉を添える。
「そうだよね、フェリも養い子同然の弟子だったから、剣を捨てて神官になる時は、物凄く心配してたよね。
でも、リシェ自身の神官になるって判った時は、凄く安心していたけどね。」
剣に関して将来が楽しみな子がいると、リシェアオーガから教えられていたウェーニスだったが、その子の行く末が変わった事を告げた彼の様子が、今でも目に浮かんだ様だ。同じ様に、当人であるフェリスも当時の事を思い出したらしい。
「ふふ、そうでしたね、ウェーニス様。
リシェア様は、私が神官になると告げた時に、本当にそれで良いのかと念を押されていました。」
剣の道を捨てる事は、剣士を志して育った者に取っては堪えがたい物である。
しかし、フェリスの場合は、リシェアオーガの傍にいられる剣士や騎士よりも、同じ様な待遇で全く別の道を自らが選んでしまった。
「でも、リシェア様の神官になりたいと、はっきりと申した上げた時は、仕方無いなと苦笑いをされました。
嬉しい様な、残念な様な、複雑な顔をされて、承諾されたものでしたね。」
昔を思い出し、それを話すフェリスへリシェアオーガも本音を漏らした。
「フェリ程の腕前を眠らせる事は、勿体無いと思っていたのでな。
だが、フェリ自身が騎士で無く神官として傍にいたいと望んだから、剣の道を進ますのを諦めて承諾したんだ。
……まさか、その数週間後に居なくなるとは…思わなかったが…。」
表情を曇らせたリシェアオーガの様子に、エルシアとファンレムは無言で見つめていた。先程、精霊達が言っていた巫女達の家族の想いが、リシェアオーガにもあったのだと判ったのだ。
巫女に選ばれた姉に巻き込まれ、向こうの世界に来た神官…彼の養い親同然であるリシェアオーガが心配しない筈が無い。
膝で眠っている妹を溺愛している者ならば、養い子も溺愛すると想像が付く。消えた直後、心配して捜しただろう目の前の神に申し訳無いと思った様だ。
「あの…ええっと、リシェアオーガ…その…御免、まさか、フェリス神官の親代わりだなんて…知らなかったんだ。」
意を決して、言葉を出したであろうファンレムへリシェアオーガが答える。
「正確に言えば、此処に居るアルトアと同じ位置にフェリは居た。勿論、フェリの両親は健在だったが、剣の修業の為に幼い頃から私の許で育った。
まあ、偶々私がある用事でフェリの両親と出会って、その折に師事を頼まれ、フェリの力量を見て引き受けたんだが…それが…な…。」
剣を捨てた事を思い出し、深い溜息を吐く。
自分の神官となった弟子に不満は無いが、神官になった当時は残念で仕方が無かった。しかし、今、その剣技は孫弟子にあたる者が騎士として受け継いでいる。
この事を考慮すると、フェリスの考えがリシェアオーガには判ってしまっていた。
己は剣の道に進まないが、その技術は他の者へ伝える。
それに気付いたからこそ、孫弟子にあたる者を鍛えたいと思っている。そして彼の口から、この気持ちを反映した言葉が綴られた。
「まあ、過ぎた事を言っても仕方ないが、フェリが完全に、剣の道を捨てて無かった事が判っただけでも良かった。
アル、レイン、フェリの分まで己の剣の道を突き進む事を、私は望む。決して、教えられた物を穢すような真似はするな。
……言わなくても判っていると思うがな。」
リシェアオーガの師としての言葉をアルフェルトとレイナルは、真摯に受け止めて頷いた。