修行の決定
精霊達の容赦無い言葉の応酬が一通り終わった所で、光の神が終止符を打つ。
「皆の者の気持ちは良く理解した。
エルシア、ファンレム、今、精霊達が言った事を肝に銘じて於くが良い。それと…カルゥ、他の神々への伝言を頼めるか?」
一番信頼が置けると思っている地神へ光の神は、向こうの世界の神々への伝言を頼んだ。カルミラは、承知しましたと一礼と共に返事を返す。
それを受け取った光の神は、その傍にいる当事者である娘を見遣った。父親の視線に気が付いた娘・リシェアオーガは、そっと人差し指を口に当てる。
静かにと言う合図で、精霊達は彼女(彼?)の膝の上に気が付く。光の神の末娘が彼の腕の中で寝息を立てている。
安心して寝入っている彼女に優しい視線が集まった。
「良く眠っているな…余程、リシェアが恋しかったのだな。
そなたが帰るまで泣き止む事無く、捜していたからな…。」
娘達に近付き、寝入っている末っ子の頭を優しく撫でる。神の顔から父親の顔に戻ったジェスクに、リシェアオーガは尋ねる。
「アフェは…ずっと泣いていたのですか?眠らずに?」
「いや、泣き疲れて眠っていたが、そなたが傍にいないから熟睡は出来無かったようだ。起きれば直ぐに、そなたを捜し始めたからな。」
末の妹の悲しみを知ったリシェアオーガは、起こさない様に優しく抱き直す。すると…もう一人の妹から、その時の現状を伝える声が聞こえる。
「リシェアお兄さま、アフェはお兄さまの身を案じてリーナお姉さまの傍を離れなかったの。お父さまやお母さまの腕の中でも泣いて大変だったのよ。
でも…これでやっと、アフェも安心出来るのね。あ、勿論、私も心配してたわよ。お兄さまと…二度と会えないかもしれないって…。」
傍らのもう一人の妹とにも言われ、そうかとリシェアオーガは呟いて膝の上の愛おしい妹へ優しい視線を送る。
そして、傍らの妹へ視線を戻し、空いている左手で彼女の右側の頭を優しく撫でる。何時もされている慰めの仕草にミュリナフィーナは、身を委ねる為に瞳を閉じる。
泣いている時や悲しい顔の時に何時もしてくれる、兄の優しい行動。
抱き付きたいが、その膝には自分より悲しんだ妹がいる。
そう思っていると不意に再び手が伸ばされ、兄の左肩へ寄せられた。
「フィーナにも心配を掛け、悲しませて…済まない。
だが、もう大丈夫だ、私は此処にいる。フィーナ達が会いたくなれば、会えるこの世界にいる。判るな。」
伝わる言葉と気配に少女は小さく、はいと答える。
自分と同じ気配と様々な属性の色を持つ気配…確かに、リシェアオーガと判るそれに少女は安堵する。
兄の気配に包まれて微笑む少女は、何かを思い出して兄から離れた。
「リシェアお兄さま、カーシェお兄さま。それとお父さま。
リーナお姉さまが待っているから、向こうのお部屋に行くわ。アフェの事は私から言っておくから、この子が起きたら連れて来てね。」
そう言って、彼女はこの部屋を去って行った。
扉から出る時一度振り向き、後でねと微笑を残して……。
「やはり、フィーナも寂しかった様だな。
アフェと同じで、家族の傍を離れようとしなかったからな……。」
父親から今去った妹の事を聞いたリシェアオーガは、やはりと思ったらしい。確信を持って頷く彼にルシェルドは、何かしら羨ましさを感じた。
光の精霊が告げた、身内が少ないとの指摘が彼の心に残っていた。
ここに訪れているエルシア、ファンレムには兄弟が存在する。しかし、ルシェルドとカルミラにはいない。
カルミラは、弟、妹扱いをする相手がいて左程堪えてはいない様だったが、そんな存在がいないルシェルドには重く圧し掛かった。
彼の様子を見たカルミラは悲しそうに溜息を吐き、ファレルアは何か思い立った様だった。そして、近付いて来た光の精霊に話し掛ける。
「太陽が炎の如き激しい光で戦えるのなら、我も戦えるのか?」
思わぬ質問に精霊は驚いた様だったが、直ぐにその顔を微笑に変え、頷いて率直な返事を返す。
「ええ、戦えますよ。
良い例が此処にいる焔の騎士達であり、炎の騎士のティルザです。
彼等の力は炎。
全てを燃やし尽くし、邪気をも浄化するのが彼等の力であり、貴方の御力です。質問されるという事は、ファレルア様も戦う事が出来る様になられたいのですか?」
光の精霊の言葉に、戦えるようになりたい、そうなればルシェルドの力になれると告げて己も自分の世界を護りたいと強い意志を示した。
そんな炎神に精霊達が柔かく微笑むと、焔の騎士達と共に紅の少女が彼の前に現れた。炎を纏う美しい少女をファレルアは、不思議そうな顔で見た。
「我と同じ?此方の炎神殿?」
少女の姿と纏う気でそう判断した彼へ少女は頷き、話し掛ける。
「そうよ、わたしは炎の神、フレィリー。
初めまして、わたしと同じ役目の向こうの方と他の神々の方。」
簡単に挨拶をした彼女は、こちらの世界の風の神へと向きかえる。
「それと、エア、お疲れさま。
お莫迦さんの相手は疲れるでしょ。これからもっと疲れると思うけど、頑張ってね。」
優しい言葉を掛ける彼女へエアファンは近寄り、その肩を抱いた。
寄り添う二人にその関係が判ったらしい。
「フレィリー殿とエア殿は、ご夫婦ですか?可愛らしくて綺麗な奥様と仲が御宜しい様なので、見ている方も和みますね。」
向こうの世界の神々を代表して、本音を加えたカルミラが尋ねる。彼等の関係を既に知っているルシェルドは、仲睦まじい彼等を見てあの体験を思い出す。
ちらりと、リシェアオーガとカーシェイク、ジェスクを見る。
その視線を受けた彼等は、ルシェルドが何を言いたいか判った様だった。
頷き、確認を取る彼等。
これから起きうる事に止めに入る体制を取り始める。件の神は、カルミラから妻の事を言われ、何かの起動装置が入ったらしく嬉しそうに口を開く。
「そうだよ、カルゥもフレィが綺麗って判る?
やっぱり僕の思った通り、カルゥって見る目があるよね。リシェの時もそう思ったし、フレィの時もそうだね。
うん、僕の妻のフレィはね、可愛くて…。」
「エア、そこまでにしてね。聞いてて恥ずかしいから。」
「そうだね、エア、其処までにしてくれないかな?
アフェが起きるかもしれないから、静かにしてくれると嬉しいんだけど。」
妻自慢が始まる前に当の本人とカーシェイクが止めた。眠っている幼子を出汁に使われたエアファンは、直ぐに押し留まった。
小さな子供相手には敵わないらしく、眠っている子を確認して微笑んだ。
「そうだね、折角アフェが眠っているなら止めるよ。
クス…可愛い寝顔だね、安心しているのが判るよ。」
こちらの神々が幼子を見る目は、優しく慈愛に溢れている。
我が子で無いにしろ幼い子が安心して眠り、起きて色々と喜ぶ姿は、彼等にとって嬉しいものであり、護る物だと向こうの神々は感じる。
向こうの神々は、幼子がこんなにも可愛らしい物だと知らない。人間や精霊のそれに、可愛いとは感じない…いや、例外としてカルミラだけは、可愛い者として認識している。
構いたそうに幼子を見るあたり、大地の神の本質だとも言えるのかもしれない。だが、眠っている子を起こすなど無粋な真似はしない。
寧ろ、その寝顔を堪能している様だ。
話を中断されたフレィリーは、再度ファレルアへ向き直って話を再開する。
「炎の力だけど、力の扱いだけはわたしでも教えられるわ。
でも、剣もとなるとフルレか、べルアに頼むしかないの。」
残念そうに告げる紅の少女へ、炎の青年が尋ねる。
「フレィリーは、剣を扱えないのか?」
不思議そうに尋ねられた少女は、彼と全く同じ表情になって不思議そうに答える。
「扱えない事は無いのだけど、何故か、ジェスやラール、ウェーやリダ、精霊達にすぐ止められるの。」
剣を扱えると宣言する彼女へ、ジェスクは溜息を吐きながら付足す。
「ファレ…、フレィのあれは、剣を扱うより振っているだけだと思うぞ。
只、力任せに振り回している為、目的以外も標的になる。…だから悪い事は言わない、剣を習いたいなら、フルレかべルア、フレアに頼んでくれ。」
炎の神の腕前の現状を伝える、光の神の提案を聞き付けたフルレと呼ばれた女性の焔の騎士は、共に名を呼ばれた者を指名する。
「御言葉を返すようですが、ジェスク様。
あたしより遥かにべルアかフレアが適任ですよ。炎の精霊騎士最強の者と神龍様の方が、絶対勉強になると思います。」
二人の名を示した精霊に、序でとばかりに風の神も楽しそうに参加する。
「何なら、父上も貸すよ。僕とレアがレムを鍛えている間なら、大丈夫だしね。」
風の神の父親と聞いて、ファレルアは興味津々だった。自分が強くなれる事に加えて、ルシェルドが習っている剣にも、興味があったらしい。
そんな雰囲気の中で、着々と修行の手筈が整って行くのをルシェルドは、微笑みながら感心していた。