幼き少女
「カーシェお兄ちゃま、リシェお兄ちゃまはどこ?」
少々幼さが窺える少女の声にカーシェイクが振り向き、腰を落とす。
「アフェかい?リシェアは、今仕事中だよ。もう少し、我慢して…「いや、お兄ちゃま、どこ?アフェをおいて行っちゃあ、嫌だ。」」
盛大な泣き声が聞こえ、カーシェイクがゆっくりと立ち上がる。その腕にはまだ幼い少女が抱かれている様だ。
後ろ姿のカーシェイクの肩口から、少女の頭頂が少しだけ見える。
リシェアオーガ達と同じ、金色の髪…光髪であると思われるその子は、一番上の兄の腕の中で泣き続ける。
「リシェお兄ちゃま…アフェ、良い子でいるから、おいて行っちゃあ、嫌だ…。」
「大丈夫だよ、アフェ。
リシェアは、帰って来てるからね。あ…ほら、御迎えだよ。」
あやす様に告げられたカーシェイクの言葉で少女は顔を上げ、示されている所を見ているようだった。
そこには心配そうな顔の精霊がいる。腕の中の子と同じ髪の色で蛍の光の様な色の瞳を持つ、騎士姿の精霊…彼は少女をカーシェイクから受け取り、話し掛ける。
「此処でしたか、アフェ様。
リシェ様が御探しですよ。さあ、一緒に行きましょうね。」
精霊の腕の中で頷く少女へその精霊は優しく微笑む…が、向こうの神々の姿を視野に入れると冷たい瞳になっていた。
特にエルシアを厳しく見つめる精霊。その精霊に少女が呼び掛ける。
「ルシェ、早く、リシェお兄ちゃまに会いたいの…。」
再び泣き出しそうになる、その子を抱えた精霊は一応カーシェイクだけに、失礼しますと挨拶をしてその場を立ち去った。その姿にカーシェイクは溜息を吐く。
先程の精霊の機嫌がかなり宜しくないと判っていた様で、ちらりとエルシアを見て先程の遣り取りの説明を始める。
「君達の見た通り、あの子が一番幼い妹だよ。事ある毎に、私達年上の兄弟に付いてくる可愛い私達の妹だ。
その子がどんな思いをしたか、判っただろう?」
彼等に向き直ったカーシェイクは、厳しい眼差しを向ける。
「リシェアが帰って来てもその姿が見えなくなったら、あんな風に探し回るんだ。まだ、十になったばかりの幼子が兄としてのリシェアを探し回るんだよ。
……これで……君達が仕出かした事がどんなに彼女達の家族を悲しませたか、理解して欲しいね。」
一番言いたかった事を話したらしいカーシェイクは、再び嫌~な微笑を張り付ける。カルミラも彼を止めようとせず、去った幼子の事を心配していた。
「カーシェ殿、妹君殿は大丈夫なのですか?
まだお泣きになっているように感じますが…。」
カルミラに向き直って普通の表情に戻った彼は、大丈夫だと答えた。今頃はリシェアオーガも妹を捜しており、合流している頃だと告げる。
その言葉を聞いてルシェルドは安堵の溜息を吐いた。
兄を慕う妹が無事に兄の許へ辿りつけたと。
ふと、横にいるエルシアに目を向けると複雑そうな顔をしている。自分達が仕出かした事の重大さに気が付いたらしい。
この世界の住人を生贄の巫女をして召喚する事は、彼女等の家族と切り離し、その家族達を悲しませる事だと。自分達、向こうの世界の安定の為と言っても、こちらの世界の住人には大変惨い事だと。
ルシェルドがそう考えていると再び訪問者が現れた。
噂をすれば、影が差すを地で行った件の元巫女だった。しかし、彼の服装は、出迎えの時と少し変わっている。
生地の色と形は同じだったが、その装飾は、金糸の線に紫の実の縁取り、そして…光龍の姿。盾の装飾は無く、代わりに光龍の物が左肩の首寄りの位置に着いていた。
額飾りも違い、十四個の石から金色の光龍の小さな装飾に変わり、その鎖と瞳の青共に光を放っている。そして、右腕には先程の小さな少女がしがみ付いていた。
彼女の服の装飾も金糸と紫の実の縁取り。
それらは意味がある物として、向こうの世界の神々の目に映った。
リシェアオーガにも、カーシェイクにもあるそれ…この少女にもあるそれ等は、何ら関わりがある事を告げるものと思われた。
紫の瞳で金髪の少女。
先刻見えなかったその顔は、リシェアオーガ達と似ていた。離れまいとするかの様に力強く腕を絡ませている少女と、困惑したような彼に視線が行く。
「リシェア、如何したんだい?アフェは、其処にいるのに…?
若しかして、今度はフィーナかい?」
「フィーナは、コウ達と一緒ですから、大丈夫です。
兄上、彼等を借りたいのですが…駄目ですか?」
兄が剣を持っている事に気が付いている彼は、その剣を視野に入れて質問をする。困惑している理由が少女で無い事が判る質問に、カーシェイクとカルミラは答える。
「構わないよ。私も、一緒に行って良いかな?」
「リシェア殿、私もご一緒しても、宜しいですか?」
何故か、楽しそうな二人分の答えに頷いて纏わりついている妹の手を放す。一瞬不機嫌になる妹を彼は抱かかえた。
「アフェ、腕にしがみ付くと歩き難いからね。こうして運ぶけど、良いかな?」
「うん、アフェ、こっちの方が良い。」
リシェアオーガの首にしがみ付いて嬉しそうに言う妹へ、彼と長兄、大地神は微笑み掛ける。目の前で繰り広げられる兄と妹の様子を、太陽神は不思議な物を見る目で見つめ、守護神は可愛らしい物を見たと嬉しそうな顔をしていた。
迎えに来たと思われる元巫女に連れられ、彼等はこの部屋を出た。