事の始まり
この話は【破壊する者】と【黄金の龍】の後日談です。先にそちらの方を読まれた方が、色々と判り易いです。
自分と同じ力を持ちながら、その力の使い道を破壊では無く護る事に使っていた神。
だからこそ初めて会って破壊神と名を告げた時、かの神は一瞬驚き、自分に突っ掛かって来た。そして、事ある毎に厳しい目で対応された。
それはかの神・リシェアオーガが自分・ルシェルドと同じ力を持つが故、彼の態度や行動が腹ただしく、また彼女(彼?)自身を否定されていると感じていたのだと師事される様になって気が付いた。
そう、ルシェルドが己の力を否定する事は、リシェアオーガの力も否定している事に繋がっている。だが、持ち得る同じ力の別の使い道を知っていたかの神は、片方の使い道しか知らないルシェルドを馬鹿にはしていなかった。
知らなくて当たり前というように、一から使い道を教えてくれた。
生贄の巫女としての役目を終えた今は、元々の役目と共にルシェルドの師としての役目をも担っている。
リシェアオーガとリルナリーナの双神が向こうの世界に帰ってほゞ一月になる頃、向こうの世界の神話を教える講義の為未だ残っていた知の神・カーシェイクが、この世界の神々に重要な事(?)を告げた。
「もう直ぐ生誕祭だから、講義と説教は一時的にお休みになるよ。
…あっと、ファンレム君だっけ、君は私と一緒に来て貰うからね。」
黒い微笑と共に恐怖の言葉を告げるカーシェイクに対して、ファンレムの顔は引き攣った。如何せん、カルミラを彷彿とさせるこの御仁の微笑に、こちらの神々で逆らえる者はいない。
はいと短い返事をすれば、その後ろ首を掴まれて否応無しに連行される。首が閉まる事の無い様に加減はされているが、心配した弟のファレルアが付いて来た。
カーシェイクは、彼等を引き連れたまま宛がわれた部屋へと戻って行く。そこには既に、ルシェルドとカルミラが揃っていた。
勿論、彼の妻であるファースもいたが、ファンレムの姿を見つけた途端傍へ駆けつけ、痛烈な一発を彼の頬へ見舞った。
「貴方ね!リシェアを生贄の巫女に選んだのは!!…もう、二度と喪わないと思っていたあの子達を…喪うような目に合わせ…て…。」
激情に溢れる涙はファースの頬を伝い、次々と床へ落ちて行く。妻の様子を見てファンレムを無造作に離し、彼女を慰める様に己が腕に包み込むカーシェイク。
そして、泣きじゃくる妻に優しい言葉を掛ける。
「ファー、リシェアは無事に、私達の許へ戻って来たのだから…もう、泣くのは止めてくれないかい?ちゃんと君の分まで、彼等に説教をするから…。」
愛しい妻を腕に抱き、カーシェイクは悲しげな顔を向ける。初めて見る彼の表情に、ファンレムもシュンとなった。
「御免、リシェアオーガを選んで…貴方々に心配と迷惑を掛けた…。
本当に御免!もう、こんな無知で大それた事はしないから…許して貰え…っやっぱ、許されないかな…。」
自分の仕出かした失態に、心からの謝罪を入れる。
前に自分と同じ風の神・エアファンにも、痛烈な拳骨と共に罵られた事のある彼は、未だに何時もの明るさを取り戻せていない。
事の重大さを知るに従い、気持ちも奥底へと沈んでいく。そんな彼を見かねてか、弟のファレルアがしがみ付く。
「ファース殿、私の所為でファンレムが、オーガを選んだのだ。悪いのは私だ。
如何かもう、ファンを責めないでやってくれ。」
ルシェルドの思い掛けない援護に、ファンレムは驚いていた。ルシェルドの言葉を聞いたカーシェイクは、妻に囁きかけている。
「聞いたかい、ファー。ルドも、ああ言っているし、レムも反省している。
だから、先程の一発で許して上げなさい。」
優しい夫の声に顔を上げ、夫を見つめるファースだったが、何か思い立ったのであろう、抱き締められている腕から離れ、ルシェルドの方へ歩み寄った。
そして、ファンレムに見舞った痛烈な一発を、彼にも贈った。
「…これで、無しにしときます。でないと、リシェアやカーシェに叱られるもの。」
涙の残る顔に微笑を浮かべてた彼女は、再びカーシェイクの許へ戻って行った。優しい夫の腕の中で瞳を閉じ、心を鎮める。愛情に包まれて自らの感情を収めるファースは、その相手としてカーシェイクを選んだ。
自分が一番傍にいて欲しい相手、必要とする相手…。
それが夫である、カーシェイクであった。
神官や家族以外の他の神々では、ファースの感情は収まらない。初めて会った時から優しく包み込む様な気配に魅かれ、戸惑いながらもその腕に包まれた。
ファースの感情を落ち着かせ、その腕に居続けてたいと思わせたカーシェイクの許へ嫁ぐ事が決まった時は、彼女は嬉しさの余り母に抱き付いた位だった。
常に一緒にいる事は少ないが、絆を持っている故に寂しくない。まあ、ファースとしては一緒にいる時の方が、もっと嬉しいのだが……。
ファースが落ち着いた頃を見計らって、カーシェイクは彼等に話しかけた。
「生誕祭に行くのだろう。
一応、リシェアが声を掛けた者だけ、集めたのだけど…あれ?イリィがいないね。…そっか、エルに捕まったかな?」
自分と同じく妹馬鹿な御仁を思い出し、溜息を吐く。エル…こちらの太陽神・エルシアは、カーシェイクの妹であるリルナリーナから大いに嫌われている。
出来ればイリィことイリーシアだけ連れて行きたかったのだが、無理な様である。その証拠に扉の向こうから、言い争う声がしていた。
「だから、エルシアは行かなくていいのよ。
リルナリーナ殿が招待しているのは、イリーシアだけなんだからね。」
「駄目だ、イリーシアだけ行かせない。何か、危険な事があるかもしれない。」
「リシェアオーガ達の世界だもの、そんな事、ぜ~たいないわよ!!」
女性らしい声と件の神らしき声が聞こえ、カーシェイクは溜息を吐いた。
「カーシェ様、如何為さいますか?」
彼に仕える大地の精霊が尋ねると、彼等を招き入れる様に指示を出す。それに従い、彼等を招き入れた精霊は、無言でカーシェイクの後ろに控える。
騎士とは違う、助手的な意味で仕えている精霊仕官。
彼には、そう言った精霊が多い。彼に騎士は必用無い。
理由は彼から聞いていないが、要らないと本人から断言され、理由を知っているリシェアオーガ達も彼に騎士を付けなかった。
自分に知識という武器があるというのが、彼の断る口上であったが……。