先輩、大好きです
私には好きな人がいる。
私より1つ年上の、保坂 雅臣先輩だ。
先輩はサッカー部の部長をしていて、文武両道とか才色兼備とかの言葉がすごく似合う。
いつも明るいし、爽やかで気さくだし、なんといってもかっこいいのでみんなの憧れの的だ。
…まぁ、そういう私も憧れてるうちの1人なんだけど、ね。
ちなみに私は、サッカー部のマネージャーをしてる。
その関係で結構話したりするし、「萌」って呼んでもらったりもしてる。
たぶん、他のコよりも仲がいいと思う。
でも、仲がいいのは嬉しいことばっかりじゃない。
もし告白したとして振られちゃったら、もう今までみたいに気軽に話しかけてくれたりすることは無い。
それを考えるとすごく怖くなって、結局告白する勇気も持てずに今の関係のままいようとしてしまう。
それが辛くて苦しくて、でもあと1歩がどうしても踏み出せないんだ。
何かきっかけが欲しい。もう1押しが欲しい。
そうすればきっと、「ずっと先輩のこと好きでした!」って言えると思うのになぁ……。
・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・
木曜日、昼休み。
私は友達と話していた。
最初は他愛もない話だったんだけど、なんか内容がだんだん恋愛方面に移り変わっていって。
…そうなると自然と先輩のこと突っ込まれるわけで。
「そういえばさ、萌は最近どうなの?進展あった?」
「あっ!それすっごい聞きたい!!」
「うっ……えっと………どーもない、デス…」
2人の剣幕にタジタジになりながら言うと、あからさまにガッカリした顔をされた。
仕方ないじゃん…だって片思いだしさ……。
「もー、萌はいっつもそうだよね。いっそ告っちゃったほうがいいと思うけど?」
「ぅえっ!?」
驚きすぎて変な声が出てしまった。
でもそれには構わずに、2人はさっさと話を進めていく。
「それいいね!いつまでもこのまんまじゃずっと変わらなさそうだし!」
「よし、こうなりゃ“善は急げ”よ。今日、告っちゃいなさい!」
「えええ!?そんな急に言われても、心の整理が…!」
このままだと本当に告白することになってしまう。
急いで言い訳を探したけど、2人はまったく聞く耳を持ってくれなかった。
「決定ね!絶対言うのよ!?」
「……うぅ」
でもそれが気遣いだと分かって。
いつも「きっかけが欲しい」って、「もう1押しが欲しい」って言ってたから、それをしてくれようとしてるのが分かって。
だから、覚悟を決めた。
「…よし!私、今日告白する!!」
2人に向かって宣言すると、笑顔で応援してくれる。
よし!って気合を入れなおしてたら、いきなり教室のドアが勢いよく開いた。
ばんっ!ってかんじで響き渡る音、水を打ったように静まり返る教室。
私はその音に思わずびくっとしてしまって、恐る恐る振り返る。
開け放たれたドアの前には、無表情の先輩が立っていた。
「先輩……?」
ほぼ無意識に呟いて、少し慌ててしまった。
かなり小さい声だったはずなのに、やけに響いた気がして。
その声に反応したのか、先輩はゆっくりとこっちを向いた。
「あ、萌?今日の午後練のメニューのことなんだけどさ」
さっきの無表情が嘘のように、いつもの明るい笑顔を浮かべて話す先輩。
それを見て安心したのか、教室はまた騒がしくなり始めた。
「…萌?どうした?」
「……あ、なんでもないです!部長、メニューの相談ですかー?」
わざといつもより明るい声を出して、先輩に笑いかける。
先輩は部活のとき以外で「部長」って呼ばれるのが嫌いらしく、そう呼ぶといつもちょっと拗ねたようになる。
その表情が見たくて、いつもわざと部長って呼ぶんだ。
「部活ン時以外で部長って呼ぶなよー。ったく、何回言っても直んないなぁ」
「はーい、すみませーん」
「うっわ、すっげぇ棒読み!まったく気持ちが伝わってこねぇ!」
やっぱり今日も拗ねたような顔になる先輩。
なんでわざわざ毎回「部長」って呼ぶのか、気付いてないんだろうな。
……先輩の色んな表情、見たいからなのにな。
「ったくもう、次言ったらどうなるか分かってるだろうな?」
「はいはい、分かってますよぅ。保坂先輩」
「ん。それでよし」
「保坂先輩」って言い直すと、満足そうな顔で笑う先輩。
その笑顔に思わずキュンとして、顔に熱が集まってしまった。
体温が急に上がった気がしたから、思わず手で顔を煽ぐ。
先輩はそれを見て、不思議そうな顔で首を傾げた。
「暑いのか?
顔ちょっと赤いけど……あれ、熱ある?」
「……っっっ!?せ、せせ先輩……っ!!?」
いきなり顔を近付けてくるからつい後ずさってしまった。
それをまったく気にせずに、先輩はあろうことか私のおでこに手を伸ばして触れてくる。
さっきとは比べ物にならない速さで赤くなる顔。
たぶんマンガとかだったら「ボンッ!」って効果音が出てると思う。
なんでいきなり、って聞きたいのに口は上手く回ってくれなくて、どもってしまった。
でも先輩はそれもスルーし、さらに首を傾げる。
「…萌、保健室行ったほうがいいんじゃないか?
風邪とか引いてたら困るし」
「だ、大丈夫です…!
これは、その、カゼのせいじゃないですから……っ」
「本当に?」
「はい!」
訝しげに問いかけてくるから、必死に頷く。
ホントにカゼなんて引いてないし、今日こそ告るって決めたんだから帰れない!
「ホントのホントに大丈夫ですから!
…それに、今日は大事な用事がありますし…」
重ねてそう言うと、先輩は一瞬だけ不機嫌そうな顔をした。
でもそれはすぐに笑顔に変わって、私が忘れかけていた当初の目的を話し始める。
「…それならいいんだけどさ。
じゃ、本題。
今日は部活早めに終わることになったらしいから」
「あ、じゃあ残りますか?」
「ん。また手伝ってもらっていい?」
「勿論です!」
今日はラッキーかもしれない。
部活が早く終わるってことは、イコール先輩が自主練するってことだ。
先輩は休日練習の後とか午後練が早く終わったときとかは、親友の健二先輩と2人で残って練習してる。
それを知ってからは、私もそれを手伝ったりした。
自主練なら少人数…っていうか3人だし、呼び出して告白できる…と、思う。
練習してる先輩見るのはかなり好きだし。
いつもの笑顔も好きなんだけど、練習中の真剣な表情もかなりドキッとする。
…いやまあ、ぶっちゃけると先輩の表情はどれも好きだけどね!
「よし、じゃちゃんと伝えたから。
また放課後に、な」
「あ、はい!」
手をひらひらさせながら自分の教室に戻っていく先輩を見送って、席に戻る。
先輩と話してる間中ずっと待ってた2人は、にやにやと締まりの無い顔で私を出迎えた。
「ちょっと、萌?すっごい仲よさそうだったじゃん!」
「ほんとほんと!もう、これなら大丈夫そうだね!」
「ちょっ、からかわないでよ!恥ずかしいじゃん!!」
抗議するも、さらに2人のにやけ顔が酷くなるばかりだった。
ようやく治まってきた顔の熱が、またぶり返してきそうだ。
「えー、からかってないよ!ねー?」
「ねー」
「…あーもー!」
怒ったフリしても、まったく効果が無かった。
恋愛ネタでからかわれるのが、こんなに恥ずかしいことだったとは……!
・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・
その日の放課後。
私は先輩と一緒に、使った物の片付けをしていた。
今日は健二先輩が先に帰っちゃって、途中からは2人っきりだった。
『俺今日用事あっから帰るわ。
萌ちゃん、アイツのことよろしくな!』
『えっ、健二先輩帰っちゃうんですか!?
アイツのことよろしくって、どういう…』
『おい、健二!
余計なこと言ってんじゃねぇよ!!』
『おー怖い怖い。じゃ、邪魔者はここらで退散するか!
それじゃ、また明日な!
雅臣、明日ぜってー教えろよ!』
『あっ………』
『…ったく、健二の野郎…。
萌、アイツの言ったことは気にすんなよ?』
さっきしたばかりの会話が甦る。
あれからちょっと考えてみたけど、健二先輩の言葉の真意はまったく分からない。
先輩がなんで「余計」だって言ったのかも分からなかった。
そのせいで少し上の空になってしまいがちで、先輩もちょっとしたミスがいつもより多かった気がする。
何か考えてたみたいだし、ちょっと苛々してたし。
それで結局いつもより早い時間に終わりになった。
そのことが少し気まずくて、さっきから何も言えてない。
コーンを抱えながら2、3歩後ろを歩いていると、先輩はゆっくりと口を開いた。
「…あのさ、えっと…健二は…」
先輩は何か躊躇っているように言いよどむ。
健二先輩がどうしたんだろう?そう思って首を傾げると、先輩は意を決したように声を出した。
「…萌ってさ。
好きな人、いんの?」
よく友達とかにふざけて聞くようなかんじじゃない、真剣な声。
それを聞いた瞬間、私の心臓は一瞬止まりそうになった。
顔に集まる熱を逃がすように頭を1、2度振って、先輩を追い越す。
「…いますよ。
そういう先輩こそ、好きな人いるんですか?
あ、でも先輩ならもう彼女とかいそうですよね!
同じ学校ですか?うーん、でも噂とか聞かないし、他校の…」
「いないよ。
彼女なんていない。…俺の片想いだから」
「えっ……」
好きな人。先輩の、好きな人。
そんなの聞いたら絶対後悔するのに、口が勝手に動いていた。
知りたい。でも先輩からは聞きたくない。
その一心で明るく振舞って、有耶無耶にしようとしたけど、言葉を遮られてしまった。
でも、その言葉の内容に驚いて思わず先輩の顔を見上げた。
先輩の顔はすごく真剣で、でも苦しそうで、悲しそうで。
みてるこっちまで辛くなってくる。
「…せ、先輩が片想いなんてありえないですって!
かっこいいし、スポーツも勉強も出来るし、優しいし!
…だから、両想いですよ、きっと………っっ」
震えて喉に張り付きそうになる声を無理やり絞り出して、明るく言おうとする。
でもそんなの本当は言いたくなんてなくて、最後がちょっと震えてしまった。
「…そうだとよかったんだけど、な。
でもソイツ、好きな人いるんだってさ」
「じゃっ、じゃあ本当に片想いなんですね!
どんな人か知りたいなー、あ、もしかして私も知ってる人ですか?」
やばい。
また口が滑った。
聞いたってどうせ傷つくのは自分なのに、知りたい欲求に抗えなかった。
「…そうだ、な。明るい子だよ。
いつも笑顔だし、すごく頑張ってる。見てるこっちも元気貰えるし。
……俺なんかより、お前のほうが知ってるよ、ソイツのこと。
俺さ、本当にソイツのこと好きなんだ。…今すぐ奪いたいくらい」
そう言って私を見る先輩の目は熱を孕んでいて、なぜか無性に泣きたくなった。
先輩にそこまで言ってもらえるその人が羨ましい。
どうして私じゃないの、とも思ってしまう。
先輩はそのまま私から視線を外し、前を向いた。
その横顔はすごくかっこよくて、つい見惚れてしまう。
…あーでも、ダメだ。
泣きそうだ。
息が止まってしまいそうな閉塞感に、視界が暗くなっていく。
もうたぶん我慢できない。
これ以上この話をしたら、きっと泣いてしまう。
だから、いつの間にか下がっていた顔を上げて、精一杯の笑顔を向けた。
驚きで目を見開く先輩の顔がぼやけてよく見えなくなる。
でもそれでいい。
せめて、笑顔で言いたいから。
先輩の顔見たら、泣いちゃいそうだから。
…先輩の困った顔、見たくないし。
そんな少しの本音とともに、まだ固まってる先輩に、言った。
「先輩、私保坂先輩が好きでした!
今もまだ好きだけど、大好きだけど…でも!
好きな人がいるんなら、今此処で…私の、こと……」
笑顔が歪んでるのは分かってる。
眉は下がってるし、視界は変わらずぼやけてるし。
でももう話さないかもなら、せめて最後の顔は笑顔がいいから。
自分の手で、この恋に決着をつけたいから。
だから、先輩。
「振って、ください…。
これ以上、一緒にいると…期待しちゃうから…っ、諦められなく、なる、から……!
だから、お願いします………っっ」
言い切った。なんかちょっと、すっきりしたような気がする。
先輩は何も言わない。でも、私のことを見てるのは分かる。
困った顔、してるんだろうな…。
困らせてごめんなさいって言いたいけど、泣くのを我慢するので精一杯で、何も言えない。
そのまま、沈黙が続いた。
本当はほんの少しの時間なのかもしれないけど、私にはすごく長く思えて。
まるで世界から音が消えてしまったようだった。
その沈黙を破ったのは、先輩だった。
「…してよ」
小さく呟かれたその言葉を理解するよりも先に腕が引っ張られ、暖かい何かに包まれる。
「…ぇ……」
「…期待、してよ。諦めないでよ、俺のこと」
耳元に落とされた囁きに、此処が先輩の腕の中だと分かる。
急いで離れようとしたけど、力強い腕がそれを許さず、さらに力を込めて閉じ込められた。
そのまま頭を胸に押し付けられて、身長差を思い知らされた。
「先、輩……?」
「分かる?萌、俺今すっげぇ心臓バクバクいってんだけど。
なあ、伝わってる?…俺が今、すっげぇ嬉しいの」
その言葉に顔を上げれば、ふにゃりと緩んだ先輩の顔があった。
目元が少し赤くて、耳も少し赤くて。
そんな状態でもかっこいいんだなあ、なんて思った。
…現実逃避だなんて言わないで。
ちょっと、いやかなりこの現状に理解が追いついてないだけだから。
っていうか、え、これはつまり、そういうことですか…?
「萌?もーえ、どうした?
ちゃんと言わないと伝わんない?ならいくらでも言うけど。
萌、好きだよ。大好きだ。たぶん、一目惚れだったと思う。…俺の彼女に、なってくれる?」
「…は、はい……っ!」
つい条件反射で頷いて、それからじわじわと内容を理解していく。
そうなるともう我慢できなくて。
あ。これは、ダメだ、もう無理。
さっきから堪えていた涙腺がついに崩壊して、私は先輩の腕の中で泣いた。
「あぁもう、萌可愛すぎでしょ…っていうか両片想いだったのか……。
はー、誰かに盗られるんじゃないかってマジ焦った…」
そうしみじみと呟いて、先輩は腕を離す。
それから私の顔を覗き込んで、私が大好きな笑顔で言った。
「これからよろしくな、彼女さん」
“彼女さん”。その言葉が凄く嬉しくて、今度は自分から抱きついた。
「…はい!よろしくお願いします、先輩!」
「とりあえず、“先輩”って呼ぶのはやめようか」
「え、じゃあなんて呼べばいいんですか?」
「名前で呼んでよ。健二のことは健二先輩って呼ぶのに、俺のことは“部長”か“先輩”としか呼んでくれなかっただろ。
正直健二に嫉妬してた」
「じゃ、じゃあ…雅臣先輩……?」
「うーん、先輩もいらないけど…ま、今はそれでいいや。
でもいつか敬語なしで話して」
「うっ…善処します……」
「あとさ、健二のこと名前で呼ばないで?
羨ましい。
それに、萌に俺以外の男の名前呼んで欲しくないし」
「先輩って、独占欲強いんですね…」
「はは、俺も正直驚いてる。
…萌は独占欲強い俺、嫌い?」
「…嫌いじゃないです」
むしろ好きですよ、雅臣先輩。
………絶対言わないけど。
読んでくださってありがとうございました!
誤字脱字や文章構成など、なにかお気づきになったり「こうしたほうがいいんじゃない?」などありましたら教えていただけると嬉しいです!