男、桜子!
あたしは桜子。
れっきとした女の子だ。
腕が太く、筋肉隆々で、りんごなんか簡単に握りつぶせるけれど、れっきとした女の子だ。走れば男子よりも速く、というよりも校内で一番。それから、身長だって高く、190cmはある。さらに、腕相撲では男子相手でも負けなし。その上、硬派系兄貴とか呼ばれている。そして、男子校に在籍している。けれど、だけれど、だけれども、れっきとした女子高生だ。
そう、あたしは桜子。
男子校へ二年生のときに間違って転入してしまった、たった一人の哀れな女子高生だ。
一人も気が付いていないけれど、あたしは女の子なのだ。
「兄貴、おはようございますッ!」
「うむ。おはよう」
「今日、放課後に一緒に合コン行きません? 男の人数、足りてないんスよ。兄貴がいれば百人力です」
「いや、興味ない」
「あ、兄貴! あの節は、助けていただきありがとうございやすッ!」
「うむ。喧嘩はほどほどにな」
オオカミの中にいる子羊。
だからあたしは、演技をしなくてはならないのだッ!
今は登校。
人気者のあたしは、いろんな人から話しかけられる。
振る舞いには要注意しなければならないのだッ!
「きゃあっ!」
「どうした、桜井!」
およ?
美少女系男の子が腰を抜かしてへたり込んでいるぞ?
さらに男の子に覆いかぶさるように、一匹の可愛い小型犬のチワワが尻尾を振っているぞ?
「兄貴、助けてください!」
「どうした、なにがあった?」
「きゃー! やめてー!」
「チワワが、可愛い桜井に発情して穴に入れようとしているんですッ!」
「なんとそれは一大事!」
あたしはこんなこともあろうかと、カバンの中から、小型犬用の骨型ガムを取り出した!
「よし、GO!」
近くに放り投げると、可愛いチワワは素早くガムを奪い取った。
「さぁ、今のうちに!」
あたしは桜井くんをお姫様抱っこして、学校まで歩くのだった!
「カッコイイ……」
「さすがだぜ、兄貴!」
「憧れるぅ!」
外野がうるさいが、気にしない。
桜井くんが頬を赤らめてお礼を言ってくれた。
「あ、ありがとうございます……」
「うむ。気にするな。しかし、一人で歩くのは感心しないな。こんなにもあなたは可愛いのだから」
「あっ……。その、兄貴になら、いいですよ……?」
「なにがだ?」
「あ、いや! なんでもないです……」
あたしは桜子。
男子校に通う、かよわい女の子だ……ッ!