レピドライトは王子様にならない
「アリス!家の為とはいえお前みたいな地味な女なんか願い下げだ、婚約破棄させてもら……ッうわ!」
学園中庭の交流パーティー、浮気相手の女子を隣に侍らせて高らかに叫ぶ男子。
ここはゲームの世界なので使い古された一シーンか。
しかしお決まりの台詞は途中で切れる。
水音と共に派手に転んでしまった男子の乱入により。
何が起こったかといえば、ちょっとした事故。
はしゃいでいた男子が、横手から婚約破棄を突き付けた上級生男子にグラスの赤いジュースを掛けてしまった訳だ。
名門校とはいえ、試験明けに開かれた中高一貫校のパーティーなんて浮かれ放題。
羽目を外してしまう者くらい多少は居るものである。
公衆面前で名を叫ばれたばかりだが、そのアリス本人はもう既に観客の心境。
三つ編みにした金髪に眼鏡越しの丸い目。
地味というのは周りに溶け込みやすいという点では長所になる。
他人事のように冷静な分析をしながら、明るい髪色の生徒達の中へ気配を消した。
「……これは失礼、大丈夫ですか?」
身を起こして早々、倒れた方の男子が頭を下げて謝罪と心配を口にする。
一方、あちらの上級生男子は決め台詞を邪魔されて混乱状態。
咄嗟の対応ができず文句も上手く言葉にならず。
かといってやり直しも出来まい。
もうここ舞台の上、止まることは許されずに失敗やアクシデントは取り繕わねば。
さて、突然始まった婚約破棄劇は乱入者の登場で生徒達の注目を一瞬で掻っ攫ってしまった。
何しろジュースを掛けた方は新入生で一番の有名人なので無理もない。
襟足の長い黒髪、野性味のある整った顔立ち、既に教師と肩を並べる背丈。
ついこないだまで初等部だったとは信じがたい、少年というよりも雄の片鱗を覗かせた中等部一年生である。
レピド・ジャバウォック・ライト、この学園の創設者の子孫でライト伯爵の令孫。
血筋に容姿だけでも目立つ要素は十分、加えて問題児。
男子の取り巻きを引き連れて「中等部の陰の支配者」なんて呼ばれる三年生に入学早々で連れ出され、キスを交わしていたなんて艶めいた噂まである。
「本当に申し訳ない。洗って返しますので、とりあえず俺のジャケットと交換で良いですか?」
「あ、あぁ……」
顔を覗き込みながらレピドの提案。
確かに許可を取る形ではあったが、有無を言わせない静かな強さで相手を頷かせてしまう。
上品なグレイッシュグリーンの制服ジャケットは山葡萄の赤いシミが酷く目立つ。
一見すると血が飛び散ったようで悲惨なもの。
色気というものはさりげない所作にこそ宿る。
レピドが丈の長いジャケットを脱ぐと、普段隠されていたシャツとボトムの軽装。
大人びているのは背丈だけでなく、綺麗な細身の筋肉質のラインが露わ。
大袈裟かもしれないが、アリスの背後で感嘆する声や小さく黄色い悲鳴も。
「ああ、良かった……サイズ大丈夫ですね」
自分のジャケットを優雅に上級生男子の肩へ掛けると、紳士の微笑で安堵してみせる。
それは見事なもので、この時点で主役は完全にレピドに移っていた。
それは顔を上げた一瞬のこと。
人混みの中に紛れるアリスは、密かにレピドと目が合った。
きっとそれは誰も気付かなかったろう。
名はジャバウォックでも、あれは悪戯を楽しむチェシャ猫の笑みだ。
ああ、出逢ってしまったか。
溜息混じりの苦笑を返してアリスは俯いた。
一度立ってしまったフラグはそう簡単に折れまい。
上級生男子とは勝手な親同士の取り決めで婚約してから日が浅く、アリスのダメージは小さかった。
それにあちらから避けられていたのでこうなる予感ならしていたのだ。
しかし浮気相手の女子とも長くはないだろう、お気の毒に。
「あなた転生者ね!」
ほら、おいでなすったか。
数日後、アリスが一人で図書館の隅に居たところで叫びに近い声で呼ばれた。
振り向いてみれば、やはりあの時に上級生男子と居た浮気相手の女子。
パーティーで騒ぎを起こしたことで謝罪や慰謝料の話はそこそこに婚約は白紙に戻った。
しかし禁じられた恋人達にとってはめでたしといかず。
アリスが思った通りの展開、あれからすぐに上級生男子と浮気相手の女子は別れてしまったらしい。
はて、文句を言いに来ることは何となく予想していたが彼女も転生者とは。
「パーティーで婚約破棄を言い渡すなんてよくある手、転生者でもなきゃ読めないんだから!前もって知ってたからジュース掛けた奴を仕組んでおいたんでしょう!」
乱暴な推理だが、アリスが転生者ということ自体は当たっているので苦笑だけ返した。
婚約破棄の件は全く知らなかった上、ジュースの件だってレピドが飛び出して来たことでも。
それにしても、やはり中途半端な知識しか無かったか。
あの時の反応を見る限り、彼女はレピドのことを知らないようだった。
「テクタイト姓の男子が居たからもしやと思ったら、やっぱりあいつチベタン君の兄じゃないの!せっかく最推しの子供時代に逢えると思ったのに……」
ああ、これはアリスも少し驚いた。
ここがゲームの世界とまで知っていたとは。
チベタン・テクタイトというのはとある乙女ゲームでの人気キャラクターである。
ゲーム内で知られる姿は黒い髪と肌がエキゾチックな成人男性だが、現時点ではまだ幼い少年だろう。
というのも、ここは彼女の指すゲームより約二十年前の世界なのだ。
ちなみに元婚約者の上級生男子は、テクタイト子爵家の三男。
彼を奪った目的は「将を射んと欲すれば、まず馬を射よ」ということらしい。
あわよくば兄弟で乗り換えを目論んでいたろうか、当て馬扱いでしかなかったとは哀れ。
「……あいつ、あのレピドとかいう奴のこと好きになったって!別れてくれって言ってきたわよ、この私に!なんか変な好感度アップアイテムでも使ったんでしょう、そうとしか思えない!」
プライドを砕かれた怒りで声を荒げ、とんでもないことを口にした。
彼女がアリスに向かってきたのはこういう訳である。
「は……はぁ……」
転生者だと明かすと厄介なことになりそうなので、アリスの方は曖昧な返事だけで誤魔化すことにした。
流石に笑うのは悪いので堪えつつ。
それでは答え合わせを。
浮気相手の女子の読みは半分正解、半分不正解。
確かに美形の男が非常に多く、恋に落ちると情熱的ではある。
ゲームの世界というのは当たっているのだ。
ただしジャンルが違う、ここはBLゲームだった。
さて、ご説明致しましょう。
令和の日本には、女性向けならば何でも手広く扱う老舗ゲームメーカーがあった。
PCソフトだけでなくアプリ配信もあり、そこから大ヒットした作品が登場する。
そちらがこの女子の指していた乙女ゲーム「キミ色宝石に秘密のキスを」であり、通称キミヒミ。
タイトル通り宝石の名前を持つキャラクターが登場するのだが、この作品に限った話でない。
実はこのメーカーは世界観を使い回している作品が他にも数多く存在するのだ。
それぞれ時代やキャラクターが違って独立しているのであまり繋がりは無く、隠し味程度の楽しみだが。
時を遡って約二十年前、シリーズの始まりはBLゲーム黎明期に発売された作品。
それがこの世界「宝石少年図鑑」であった。
平たく言えば、宝石の名を持つ少年達と愛を育む学園物。
その乙女ゲームが異例だっただけに、こちらの方しかプレイしてないユーザーも多いだろう。
なるほど、こういう弊害が出る訳か。
であれば、彼女が知らないレピドとは何者か。
というのも「宝石少年図鑑」は恋愛ゲームとして一風変わったシステムが存在する。
中盤までで攻略対象の好感度が最大値に上がるが、それを最後までに維持するのが難しい。
宝石だけに「磨き続けなければ光らない」ということだ。
ここがゲームとして造られた上で、物語の悪として生まれた男が居た。
彼は男女構わず色欲を貪り、他者の怒りを弄び、されどそれは善である主人公に滅ぼされる為でない。
甘いだけの恋では足りない物語に対するスパイスとしての役割。
そして、そのハッピーエンドを迎えるまでの障害として各ルートで現れるのがレピドである。
両性愛者で経験豊富な悪役令息とでも呼ぼうか。
普段は早熟な色気を纏いつつも、喧嘩さえ売らなければ相手には紳士の振る舞い。
中身は面白そうなことにすぐ首を突っ込む悪ガキだが。
好感度が一定落ちたタイミングで目敏く寄ってきて、主人公も攻略対象も両方を口説いてくる。
ただしはっきりと振られたところでレピドは去り際が潔く、天罰なども別に喰らわない。
三人で結ばれる濃厚なエンディングなどもあるので、それを目当てでわざと放置する手もあるが。
そういう訳で、少なくともこの学園生活では簡単に男同士のフラグが立ってBLになるのだ。
よく見れば攻略対象以外にも、やたらと距離が近い美形達を目撃する。
特にキャラクター全員と絡むことができるレピドはゲームの強制力とやらがあるのかもしれない。
言うなれば、それは魅了のスキル持ちに等しいのだ。
学園中の男を抱けるポテンシャルがあるだけに、モブであろうあの上級生男子なんて呆気なく骨抜き。
ちなみに、例の「陰の支配者」も攻略対象の男子である。
昔から、目立つ新入生が素行の悪い先輩に喧嘩を売られるなんてよくある話。
場所は中高の生徒が集まる昼休みの中庭。
人目があるので顔を近付けながら脅す言葉を吹き込まれていたところ、その凄む表情が何だか可愛らしく見えたのでレピドからも引き寄せて思わず唇を奪ってしまったそうだ。
突然のことなので男子生徒が狼狽えるのは当然のこと、顔を近付けて何やら囁いているところからキスシーンまではっきり見てしまった者も居たので何だどうしたと周りから注目を浴びたところでレピドが「お騒がせしてすみません、痴話喧嘩です」などと堂々とした態度で頭を下げたと。
場を収める嘘のつもりだったが、大変センセーショナルな話題だけに広まるのは早かった。
この辺りはゲーム内でも明かされていたので、レピドが語らずともアリスは知っている。
そうこうしているうちに誰か来る気配。
図書館で声を上げていたので注意かと思いきや、先に気付いたアリスは浮気相手の女子に忠告一つ。
「……隠れた方が良いと思いますよ」
この場を去ろうにも、相手と鉢合わせてしまうので隠れるしかない。
その「誰か」とは噂をすれば何とやら。
今しがた話題に挙げられていたばかりの上級生男子とレピドである。
本棚の後ろから浮気相手の女子と共に息を潜めながら、アリスは鈍い頭痛を覚えた。
とても居た堪れなくなる嫌な予感がする。
「レピド、ここなら誰も来ないから……俺もう限界なんだ……」
「匂い嗅がせてくれなんて、先輩って変態さん?」
「変、か……そうかもしれない、お前に逢ってからおかしいんだ……」
「もしもし、あの、嗅ぐのは許可しましたけどソコ触って良いとは言ってな……っあ……」
アリスも気配を消すのは得意だが、今ばかりは絶対に気付かないでくれと願う。
居心地の悪さで縮こまり、今にも服を脱ぎ出しそうな男達に背を向ける。
もう一人はそうもいかなかったが。
「……ああー、もうッ!人を馬鹿にするのもいい加減にしなさいよ!男が好きなくせに、女と別れるダシに私を使ったわねッ!」
ゲームなら図書館の秘め事はイベントシーンだったかもしれないが、ここで怒り狂った浮気相手の女子が乱入してきて強制終了。
上級生男子の方も邪魔されたことを憤慨し、元恋人同士が白熱した喧嘩を始めてしまった。
そもそも浮気で手に入れた相手なんか、また浮気するに決まっているのに。
では、後はお若いお二人で。
こうして修羅場から逃げようとしたら、ジャケットの袖を軽く引っ張られた。
「アリス姉様、失礼しますね」
「あ、はい……」
触れる許可を一言囁かれ、小柄なアリスは半ば抱きかかえられる形で足早に図書館から抜け出した。
その腕の主は、再従弟のレピド。
「ごめんなさいレピド、覗くつもりは無かったの……本当に申し訳なくて……」
「いや、助かったしそんなビクビク謝らんでも」
アリスのフルネームは、アリスブルー・エンジェ・ミロワール・ライト。
こんな御大層な名前にも理由がある。
高祖父が先々代の国王であり筆頭公爵ライト家の三女だ。
ちなみにライト伯爵家はアリスの大叔母が当主の分家、レピドも同じ血統。
家柄の良い家に生まれたとは思うが、ゲームでの役割で言えばそれはどうなのだろうか。
BLだけに女性キャラクターは名も無きモブのみだったので、正直アリスは自分の立ち位置が分からない。
きっと正史の通りならあのまま家の為だけの結婚だったろうが、これで運命が変わってしまったことだけは確か。
子爵家の次男が公爵家に婿入りする逆玉の輿を切るくらいなのだ。
愛の無い政略結婚より、これからまた別の男子を見つけて禁断の恋に生きた方が彼も幸せだろう。
「あの先輩、マタタビ嗅いだ猫みたいになっちまったから流石の俺もちょっとばかりビビってたわ」
「レピドでもビビることあるんだ?」
「入学してから馬鹿みたいに男からモテるんだけど何なんだこれ、フェロモンでも出てんのか俺」
「香水でもつけてみれば……いや、逆効果かも……」
幼い頃から交流のある相手だけに砕けた口調で取り留めない会話。
そんなものだろうと思いきや、ふとレピドが一歩踏み込んでくる。
「なぁ、あれは俺が勝手にやったことだから恩を売った訳じゃねぇけどアリス姉様って俺のこと避けてる?」
「いやぁ……はは、別に……」
なるべくレピドと目を合わせないようにしていたことを気付かれていたか。
実際、急に視線を逸らしたお陰でアリスは首を痛めたことも何度か。
物心ついた時からアリスとして違和感があったのだ。
プレイしていたゲームの世界に転生するというのは前世でよくある題材だったが、こんな記憶は消してほしかった。
何故って、そんなの。
ここでもう一つ、重要な点に触れねばなるまい。
「宝石少年図鑑」は成人向けゲームなのだ。
レピドの裸やら濡れ場のシーンが脳内に焼き付いているので、アリスとしては非常に気まずい。
モザイク越しとはいえ男性器の色やら大きさ、いやらしい甘ったるい台詞まで。
そこは他の男性キャラクターも同じく。
あちらの立場からすれば、センシティブな場面を盗撮で性的消費されたようなものである。
その上、中高生なんてまだほんの子供ではないか。
乙女なら頬が赤くなるところだが、どちらかといえばアリスは申し訳なさの冷や汗で青くなってしまう。
同じ次元に存在するというのはこういうことだ。
まったく、なんて生々しい置き土産か。
「えーと……また他の人とお見合いすることになったけど、またレピドに取られそうで怖いなぁって……」
「そうだな、取らないでおいてやるよ」
学園という舞台の世界から寵愛を受けるくせに、ここに赤い糸の相手は不在。
恋模様を引っ掻き回しては飄々と笑う。
決して王子様でないレピドはある意味自由だ。
「悪役S嬢」が終わったらオムニバス形式でレピドの学生時代スピンオフの連載が書きたい…と前から考えていまして、今回はお試し版でした。
時間軸は「悪役S嬢」の二十年前。
本編のレピドは三十二歳、早生まれなのでこの話ではまだ十二歳です。
「宝石少年図鑑」でのレピドは紳士と色気の面を併せ持つNTRチャラ男みたいなポジションでした。
BLゲームだから主人公と攻略対象、どっちも喰っちゃう役。
レピド本人は勿論そんなの知らないし、口説かなくても学園生活中はちょっとしたことで男子とのフラグが立ってしまうのは「なんかモテ期が来た?」くらいの認識。
ちなみにレピドとアリスは恋愛感情ゼロです。
貴族はミドルネームが間に入るのでややこしくなってしまってますが、この二人も宝石の名前。
レピドライトはピンクから赤や紫の石、アリスブルーエンジェライトは淡い水色の石。




