第二話:神の目と魔法の炉
カイルはバタバタとパジャマを脱ぎ始めた。
ハンナは
「何やってんの!?カイル!」
と、顔を赤らめている。
カイルは服を着替えると、工房にあった麻袋を掴み、靴を履いた。
ノーランとマリアに
「ちょっと出かけてくる!」
と言い残し、工房を飛び出して行く。
ハンナは「どこ行くの!」と叫ぶ。
ハンナは追いかけようとしたが、あまりのカイルの勢いに驚いて足を止めた。
エドガーは、そんなハンナを心配そうに見つめていた。
あの山だ、あの、土砂崩れした場所。
あそこに「お宝」がある。
カイルは、久しぶりに「走って」いた。
結構な距離を走っているはずだが、全く息が上がらない。
カイルの身体能力は意外に高そうだ。
1時間ほど走って、あの土砂崩れの現場に着いた。
あれから雨が降り、土砂崩れで流されて来たモノに被さっていた泥が流れ、様々な石ころが転がっていた。
カイルのお目当てのモノ…組成がハッキリと見える。
カイルは、肩にかけてきた麻袋に、黒い石を選んで次々と入れていく。
少年が担げるギリギリの量まで入れて、持ち帰る。
重い麻袋を担いでハアハア言いながら、カイルはニヤリと笑った。
「本物の斬れ味ってヤツを見せてやる」
カイルは、麻袋いっぱいの黒い石を持ち帰って来た。
ノーランとマリアは目を丸くした。
「お前…熱で頭がおかしくなったのか?」
「黒い石なんか集めて来て…」
カイルはノーランに向けてこう話した。
「父さん、前使ってた炉を僕に貸してくれないか?」
家の裏に、ノーランがこの武器工房を創業した当時に使っていた古い炉があった。
「裏庭のか?」
「あんなもん使って何をする気だ?」
ノーランは訝った。
「研究だよ、家の商売のね」
「今の炉は商売道具だろ?」
「僕がきちんと補修してから使うよ」
カイルは既に脳内に炉の設計図を描きつつあった。
この時代、この世の中の技術を応用して、前世の自分が生きていた世界に近い精度で製品を生み出す。
高度なセンサーや計測器は無いが、今のカイルには必要無い。
カイルの目には組成の変化もリアルタイムで見える、感じられる、理解出来る。
温度変化や化学反応、全てが手に取る様に分かるのだ。
翌日から、カイルは作業に没頭していた。
朝から日暮れまで、図面を引いていたかと思えばどこかに出かけ、麻袋に何かを入れて持ち帰ってくる。
炉に潜り込んでは、何やら作業をしている。
マリアはカイルを心配してオロオロしていた。
「あの子は何を考えているのかしら…」
ノーランは笑顔で言葉を返した。
「自分で考えて一所懸命やってるんだ」
「好きなようにやらせたらいいさ」
カイルが作業を始めてから、一週間が経とうとしていた。
カイルは「黒い石」を完全に溶かせる高温を実現する炉を作っていた。
複数の材料を組み合わせて熱伝導率の低い「素材」を作り出し、炉の耐熱温度を飛躍的に向上させていた。
また、高温燃焼に不可欠な酸素供給効率を上げるため、チェックバルブを自作し取り付けていった。
また、「炭」も用意した。
その他、熟練工である父親も理解出来ない不思議な道具をコツコツと作っていった。
仕事の合間に、ノーランが工房の陰からカイルを見守っていた。
後ろから、タバコを咥えたタティスが声をかけた。
「カイルの炉はどんな感じだい?」
ノーランはうーん…と、首を捻った。
タティスは、こう言葉を継いだ。
「あの炉は普通じゃない」
「あの道具にも意味があるはずだ」
「俺にはサッパリわからねぇけどな」
「でも、何となくわかるんだ」
「カイルはちゃんと考えて作ってる」
「見てみろよ、あの精度」
「適当に作ったモンには見えねえだろ?」
ノーランは、無言だった。
タティスは、さらに言葉を継いだ。
「なんか、とんでもねぇモン」
「カイルが作ってるのは、本物だ」
タティスは、タバコを吸い終え、工房に戻っていった。
ある日、カイルは工房いちの熟練工、タティスに声をかけた。
「タティスさん、頼みがあるんだけど」
タティスはニヤリと笑った。
「カイル、あの炉で何を作るんだい?」
カイルは落ち着いた声で答えた。
「槍の穂先さ」
タティスは拍子抜けしている様だ。
「なんだ、刀剣じゃないのか?」
「刀剣の方が高く売れるぞ?」
「槍の穂先なんて消耗品だ、儲からない」
「この工房見てりゃ分かるだろ?」
カイルは淡々と言う。
「消耗品ではない槍の穂先だよ」
「耐久性、斬れ味、全てが違うモノを作る」
「最後の鉄を叩く工程を手伝って欲しい」
タティスは呆れた顔をしていたが、協力はしてくれることになった。
タティスとカイルは炉の前に居た。
カイルは炉をじっと見ている。
正確には「炉の内部」を見ていた。
炉に取り付けられた「得体の知れない装置」を何やら操作している。
タティスは、カイルの行動に「意味がある」ことを理解していたし、それが非常に高い精度で行われている事も分かっていた。
カイルは何か、新しいモノを生み出そうとしている、そう感じた。
そして、それはタティスの目の前に現れた。
炉から取り出されたのは、タティスが見たこともないほど白く輝く鋼のインゴットだった。
「タティスさん、これを槍の穂先に仕上げてくれ」
タティスは言葉が出なかった。
完璧に精錬されたインゴット、鉄の塊が真っ赤に熱せられ、台の上に置かれた。
ここからがタティスの出番だった。
カイルは落ち着いた声で言った。
「タティスさん、叩く場所とタイミング」
「僕の指示通りに叩いて」
「僕と呼吸を合わせて」
非常に緻密な作業だった。
カイルの人選は間違っていなかった。
タティスは的確に「ポイント」を叩き、内部の気泡を潰し、結晶構造を微細化していった。
カイルは内部の応力が集中しているポイントを見極め、タティスに指示を出していった。
鍛造の作業は順調に進んでいった。
「今だっ!油に漬けてっ!」
タティスは横に置いてあった、カイルが調合した油が入った「桶」に穂先を突っ込んだ。
それは、表面温度800度、結晶構造がマルテンサイトに変わる臨界点だった。
油から引き揚げられた穂先は、これまでの「ナマクラ」とは違い、薄暗い工房の中で青白く光る妖艶な光を放っていた。
タティスは息を呑んだ。
「凄ぇな…初めて見たぞこんなの…」




