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第一話:鉄の意志の再起動

死の間際、意識が混濁していた。


男の名前は佐藤茂。


かつて四ツ星重工のカリスマ・チーフエンジニアとして、定年を迎えるまで勤務していた。


革新的な新技術を次々と生みだす能力から、防衛省、防衛装備庁から一目置かれる存在だった。


しかし、癌に冒された男の身体はもはや指一本さえ動かすチカラを失いつつあった。


その耳には、病室のモニターが刻む単調な電子音の向こう側から、懐かしい音が聞こえ始めた。


男が主に関わった試験艦あすか搭載のレールガンの洋上射出試験での咆哮だ。


(結局、俺の作ったモノが、人を殺める日は来なかったな)


兵器を開発する立場ではあったが、その兵器が使われないことを切望し、抑止力として他国からの侵略を防いでいた事は、その男の誇りだった。


(日本は、今も平和を保っている。俺の仕事は無駄じゃなかったな)


男は、暗転していく意識のなかで満足そうに笑った。


老兵は、ただ、静かにその幕を閉じた。


はずだった。


「おい! カイル!しっかりしろ!」

「苦しいか?水は飲めるか?」


顔の近くから話しかけられ、目を覚ました。


あぁ…ここはどこだ?あの世にしては随分騒がしいじゃないか…。


目をこすりながら起き上がった。


目に飛び込んできたのは、さっきまで居た無機質な病室の天井ではない。


煤にまみれた梁、古びた旋盤、そして、こちらの顔を覗き込んでいる、涙を浮かべた見知らぬ男と女の顔だった。


(ここはどこだ?俺は死んだんじゃ…。)


身体が軽い。あんなに苦しめられた肺の痛みも、骨を蝕んでいた病魔の気配も、跡形もなく消えて失せている。


それどころか、視界が異常に鮮明だ。


床に転がった鉄屑の結晶構造までが見えるような感覚、いや、実際に見えていた。


四ツ星重工で使っていた専用の計測器を使って見ているかの様だ。


周りの物質の組成が手に取る様に見える、或いは感じられる。把握出来る。肉眼で、だ。


なんだ?この感覚は…。


その瞬間、今までとは別の記憶が濁流となって脳内に流れ込んでくる。


長編映画を10倍速以上のスピードで大音量で見ている様な感覚。


情報の量が多すぎて、ついていけない。


凄い勢いだ、頭が痛い。


思わず頭を抱えた。


ここは異世界。自分はカイルという名前で、零細武器工房を営む鍛冶屋の息子として生まれた様だ。


ここでカイルは、昔の記憶を失ったまま、全く別の人生を送っていた様だ。


いや、突然、前世の記憶を取り戻した、と言った方が正確なのかも知れない。


この煤まみれの夫婦が、新しい人生での両親だ、という事を理解した。


立派な髭を蓄えた大柄な男が父親のノーラン、優しそうな母親の名はマリア。


そして、今までのカイルは無邪気な少年として生きていた様だ。


カイルは蘇った前世の記憶と今の自分の記憶を重ね合わせる作業を脳内で行っていた。


カイルとして生きてきた幼い頃の記憶、ここで仲良くなった友人と遊んだこと、両親と旅行したこと…。


カイルは両親の経営する、このノーラン武器工房が危機的状況である事をなんとなく察していた様だ。


カイルはそれまでなんとなく見聞きしていた両親の会話や、元請けである「バルカス商会」の連中の態度を思い出していた。


かなり悪質な「下請け搾取」であり、カイルの父親はその技術力に見合わない不当に少ない利益しか稼ぎ出せていないと推測した。


ふん…これはけしからんな。


カイルは立ち上がり、工房に向かって歩き出した。


両親は慌ててカイルを抱き止めた。


「お前、何日も高熱が出て死にそうだったんだぞ!」


「もう何ともないのか?」


「まだ立ち上がるな!」


カイルは、腕を回し、首をコキコキし、屈伸運動をした。


「もう大丈夫だよ、父さん、母さん」


カイルは、とりあえずこの善良な両親に大切に育てられた事に感謝した。


何日も高熱にうなされていた自分を心の底から心配し、献身的に看病してくれていたのだ。


カイルはスクワットをしながら、このカラダの軽さを実感していた。


若いってのは…こんな感覚なのか…すっかり忘れちまってたな…。


この不思議な「視力」もそうだが五感が研ぎ澄まされている、何でも出来そうなチカラが湧いてくる感覚だ。


にしても、せっかく生まれ変わったのに、また武器に囲まれる日々か…。


カイルは苦笑いしていた。


工房の方に歩いていくと、職人たちが鉄を打って槍の穂先を作っていた。


(こりゃ酷いな…)


穂先を打つ職人の腕は確かだが、原材料の質が悪い。


不純物の含有量が多過ぎてせっかく鍛造しても強度が上手く出そうに無い。


これは職人の技量云々じゃない、原材料の段階でしっかり精錬出来ていないのだ。


カイルの目には原材料の組成が正確に見えていた。


見える、というよりは「感覚として理解出来る」のだ。


こちらに背を向けて穂先を打っていた職人がこちらを振り向いた。


「おぅ、カイル、もう大丈夫なのか?」


熟練工だ、見ただけで分かる。


鉄を打つ精度も高く腕の良い職人だ。


「タティスさん、ありがとう」


「もう大丈夫だよ」


「それよりさ…」


「その材料じゃ、どれだけ打ってもダメだよね」


職人タティスは目を大きくして、ほぅ…という表情になった。


「カイル、この工房の跡継ぎだもんな」


「鉄の良し悪しが分かるようになったか」


「まあ、バルカスがカスみたいな材料しかよこさないからな」


タティスは、ため息をついて、苦笑いした。


カイルの両親が経営するこのノーラン武器工房は、バルカス商会から原材料を買い、槍の穂先や刀剣を作り、バルカス商会に販売している。


カイルは工房の端にある父親の机に向かって歩き出した。


設計図や仕様書などが散乱している。


その中に、バルカス商会からの材料の請求書、穂先の注文書、この工房からのバルカス商会への納品書、請求書などが横の棚にある。


カイルはその羊の皮で作られたファイルをパラパラとめくった。


「なるほどな…。」


絵に描いた様な悪徳商法だ。


劣悪な材料を相場より高く売り付け、工房から買い取った槍の穂先や刀剣の耐久性が低いからと難癖を付けて値引きを強要している様だ。


カイルの父親もきちんとした修行をした職人で腕も立つ。


雇っている職人の技術力も問題無い。


なのにこんな薄利の商売をやらされている。


カイルの父親が生真面目過ぎて、口の上手いバルカスにいいように騙されている様だ。


カイルはため息をついた。


これは何とかせにゃならんな…。


どこから手を付けるべきか…。


カイルがファイルを手に考え事をしていると、工房の入口から来客が現れた。


すらりと背の高い少女だった。


黒髪のセミロングが揺れている。


整った美しい顔立ちに、アメジストの様な紫色の瞳。


「マリアおばさん、カイルはまだ寝込んでるの?」


凛とした佇まいなのに、カイルを見つけた瞬間だけ、その表情がほころんだ。


その少女は、あごに手を当てているカイルと目が合った。


「カイル!」


「良かった!」


「元気になったのね!?」


ハンナという名のその少女は、カイルの手をぎゅっと握った。


「あぁ…心配してくれてありがとう」


「もう大丈夫だから安心して」


そう言いながら、カイルはハンナの手から伝わる「異質な波動」に気付いた。


これは…なんだ…カイルの目は、ハンナの手と、カラダ全体から立ち上る不思議なエネルギー体を捉えていた。


ハンナはカイルの顔をじーっ…と見ている。


「カイル…なんか雰囲気変わったね」


「熱のせいでおかしくなった?」


カイルはギクッとした。


前世の記憶を取り戻した事に、この少女は気付いたのか?


あの不思議なエネルギー体のこともあり、カイルは少し、身構えた。


カイルはハンナから目を逸らしつつ、


「はは…長いこと熱があったから…」


「まだぼーっとしてるんだよ」


と、誤魔化そうとした。


この少女も気になるが、まずはこの羊皮のファイルを詳細に調べてみないと…。


「やっぱり変だよ!カイル!」


ハンナはまたカイルの手を握った。


その手を通して、ハンナと遊びに行った近くの山や川の記憶が蘇る。


「あっ!!!!!」


カイルは突然大声を出した。


ハンナは驚いて手を離す。


「何!?」


「どうしたの急に大声出して!」


ハンナと遊びに行った山…の、危険だから近づいちゃダメって言われて遠くから眺めた土砂崩れしてた場所…。


カイルの目が捉えていたのは「お宝」だった。


カイルはココロが躍った。

あの「お宝」を「採りに」行こう。

あれがあれば…。


ひとりの男が、工房の入口から少し離れた場所から、このやり取りをじっと見ていた。


ハンナの父親、エドガーだった。


エドガーは紫色の目を細めた。


カイルが一瞬静止し、ハンナを見た時。


(カイルに、気づかれたな)


自らの左手首の古びたブレスレットに目をやった。


魔封石から作られた、自分たちの素性を隠すためのものだ。


ハンナのものは、そろそろ効力が足りなくなってきているな、とエドガーは思った。


成長している証拠か…もしくはハンナの能力が強すぎるのか。


エドガーは空を見上げた。


そして、深いため息をついた。


雲ひとつない、青い空だった。



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