婚約破棄はお早めに
ふと思いついた婚約破棄ネタが書けたので。
作中に出てくるエピソードは実際の出来事ではなく、フェイクと創作を混ぜてあります。
――ほんとだよ?
「フィミヨーラ=オ・カンディス侯爵令嬢!今宵を持って貴様との婚約を破棄とする!」
急な視察で国王夫妻が不在ではあるが、常と変わらず煌びやかな王家主催の定例夜会での出来事だった。
「そして新たな婚約者、いや王太子妃となるのはこの愛らしくも清らかなパーディネ=スィリガル男爵令嬢だ!」
王太子が正式な婚約者であるフィミヨーラを冷遇して碌にエスコートもしないのはいつものことではあるが、流石にこれは寝耳に水。
紳士淑女はもちろん、普段は無遠慮に囀る宮廷雀達ですらも驚愕で静まり返る。
例外は同じように正式な婚約者のエスコートをすっぽかして追従する側近候補兼学友達と、王太子の腕に胸を押し付けてキヨラカ?とは?という底意地の悪いニマニマ顔で笑う見てくれとプロポーションだけは良い男爵令嬢だけだろう。
「そ、そんなっ――」
無慈悲にも衆目の前に否応もなく引き出され、好奇と悪意と僅かな憐憫の視線を浴びせられたフィミヨーラ侯爵令嬢は、あまりの衝撃に
「なんでもっと早く言わないのこの子はっ!!」
前世、元気ハツラツ男の子の母だった芙美代さん(3X歳当時)の記憶が蘇った。
「いつも言ってるでしょ!なんでもかんでも言って直ぐできる訳じゃないんだから早めに言いなさいって!」
小学生あるある。
お菓子の空箱とかラップの芯などまだ良い。
忘れもしない、朝7時58分の「おかーさん、今日遠足だからコンビニでお菓子かって~。」
はいぃ?!今日って何時の今日?連絡プリントどこやった!
「今頃婚約破棄とか言ってどうするの?! 結婚式再来月でしょうが! 招待状なんて半年前には出し終わってるし、北の王国の王弟殿下なんてもうこちらに向けて出発してる頃じゃないの!」
前世と違って車も電車も飛行機も無い。
移動は馬か馬車、希少なスレイプニルを揃えられれば早馬並みの速度は出せるが、どのみち食事や適度な休息は必要だ。
ましてやんごとなき貴人の移動ともなれば荷物も人員も多くなるので移動には時間がかかる。
他の遠方からの招待客も似たり寄ったりだ。
「2年前にはもうスィリガル男爵令嬢とヤることヤってたんだから、そういうつもりだったのならもっと早く言えたでしょうが!」
箱入り純粋培養だったフィミヨーラ嬢にはわからなくとも、子持ちアラサーだった芙美代さんには盛りのついた思春期猿共の行動などお見通しである。
てか、学校の空き教室とか社交サロン室ですんなや。
そこ他の生徒も授業で使うんやぞ?
突然の明け透け過ぎる暴露に、そこかしこから堪えきれない悲鳴が上がった。
この国では国王であれば状況によっては側妃や妾妃が認められているし、貴族でも愛人を抱えている者はいる。
しかし未婚の貴族令嬢の婚前交渉など論外である。
例え正式な婚約者でも眉を顰められるレベルだというのに、不貞とあっては――――
ドヤ顔キメてた王太子達もこれには流石に顔色を変える。
「わっ、わわ私たちは真実の愛でっ……!」
「あああアタシ達愛し合ってるんだからっ!アンタ嫉妬してるんでしょ、ヒドイっ!」
ヒドイも何もあーた…………
「な、なんてことっ……!」
王姉でもあらせられるロッテンマイヤー公爵夫人は甥のド醜聞に卒倒寸前である。
状況は薄々察してはいたが、正式な婚約者は有力侯爵家の令嬢で、方や平民に毛が生えた程度の男爵令嬢。
もう何年も前から王立学園卒業後に行われる結婚式の予定は決まっていたし、これまで王太子から何のアクションも無いのなら男爵令嬢は在学中の一時の恋人か、妾妃ですらないただの愛人止まりかと。
状況が整ってきちんと妃教育諸々を修められれば側妃になれる可能性もある?かも?という事だろうなと誰だって思う。
それが、まさか何の根回しも相談も交渉も無しにこんな素っ頓狂な事やらかすとは――――
「そ、そうだ! フィミヨーラ!貴様は嫉妬に狂ってこのか弱いパーディネを学園の階段から
「面倒なことはすーぐ後回しにして、遊んでるうちに全部忘ちゃうんだから! 何べん学校の宿題手伝ったと思ってるの!」
芙美代さん聞いてない。
帰ってくるなり玄関にランドセル放って、開けたドアが閉まる前に「〇〇君と公園行ってくる~!」と駆け出してくのは現代っ子にしては健康的だと褒めていいのだろうか。
でもいくら沢山運動して眠くても、その日のうちに提出する分のドリルはやろ?朝起きてからは無理だってホント
「こないだだって王太子領の収支報告を締め切り過ぎてから丸投げしてきて! 何とか仕上げたけど、そのせいでどれだけ財務部の人達や関係部署が大変だったか! あの後、財務大臣にはちゃんとお詫びしたんでしょうね?!」
「――――初耳ですな。」
時期的にただでさえ忙しいのが有り得ない激務になって、愛する妻の誕生日に家に帰れなかった財務大臣のこめかみにメリメリと青筋が浮かぶ。
「遊ぶなって言ってる訳じゃないの、やることやってから遊びなさいって言ってるの!」
ゲームや漫画や動画をむやみに禁止したりなんてしない。内容はチェックするが。
年相応に友達と遊ぶのも、子どもの成長発達的には大事なことだ。
だけど夜8時過ぎてから明日習字の課題提出日なのに墨汁切らしたの忘れてたとか、失敗しちゃったからもう一枚半紙ちょうだいとか……だから昼間のうちにやれとあれほど!!
「――流石はオ・カンディス侯爵令嬢。王太子妃教育を最速で納めた賢女と言われるだけはある。」
ポーカーフェイスの下、この後の落とし前について頭を抱えていた宰相は思わず呟く。
淑女にしてはいささか声が大きいし言葉遣いも少々乱れているがこのような場だ。
無理もない。
正直王太子がちょっと、いや大分アホなのは国王夫妻も主だった重臣達もわかっていた。
しかし次代として政治的・血統的にベストなのが王太子とオ・カンディス侯爵令嬢の組み合わせであり、当の令嬢が初顔合わせで顔の造作だけは良い王子に恋をしてくれたが故に成立した政略結婚だった。
けどまあ、アレじゃ百年の恋も冷めるよな……と宰相も納得の此処数年のアホ王太子の御乱行。
それでもやるべきこと――王太子として、いずれは王としての責務と筋を通せば、“遊び”を認めると彼女は言う。
今はどうあれ、ずっと健気に王太子を慕い続けていたのだ。
他の女をこれ見よがしに侍らかされて辛くない訳がないだろうに、憤りを見せるのは王家と国の体面を損なう行いのことのみ。
王族に加わるからには自らの心情よりも国を第一にと、いずれ王妃たるべき責任と矜持を卒業間近とはいえ学生の身で既に備えているとは
「――――なんとも、惜しいのぅ。」
こうして、いくら冷遇されても王太子を慕い耐え忍び続けたフィミヨーラを想定していた婚約破棄&断罪劇場は大失敗に終わった。
その後、大急ぎで戻った国王夫妻にとんでもない勢いで叱り飛ばされ、ひとまず謹慎となった王太子その他を調査してみれば、これがまた婚約者用予算の横領だのなんだの色々とアカン事をやらかしていた。
ここで優秀な弟王子とかがいればサクッとハイ次!で済んだのだが、大変残念ながら一人っ子で…………事態の収拾は少々ややこしいことになった。
――――そして2か月後。
王都中の教会の鐘が鳴り響き、大聖堂にて国王夫妻始め国内外の貴人列席の豪華絢爛にして荘厳な結婚式が執り行われた。
東の国で織られる真珠色の絹を贅沢に使い、清廉な修道女達が数年がかりで編みあげたベールを被る花嫁はフィミヨーラ=オ・カンディス侯爵令嬢。
上質な紺碧の蒼で染め抜いたかのような生地に、厳しい冬を溶かす陽の煌めきを模した伝統意匠を金糸で刺した礼服を纏う花婿は、北の王国の王弟ジミデュケンド=セイジーツィ公爵である。
フィミヨーラへの事実に反した誹謗中傷、課題や公務の押し付け等はまだしも、虚偽申請による王太子妃予算横領や冤罪でっち上げの為に違法行為を犯していたのが判明して、王太子の廃嫡は決定事項。側近候補達も共犯であった為各家でそれぞれに除籍等の処分を受けた。
それとは別にスィリガル男爵令嬢には他国の工作員である疑いがかかったが、綿密な捜査の結果ただの考えなしのアホと判明。
領地が王都からかなり離れていて男爵夫妻は学生寮に入っていた娘の所業を全く知らず、卒業式のために王都に来ていて参加したあの夜会では、あまりの事態に夫婦共々卒倒して早々に救護室に運ばれ済みであったという。
意外にも、男爵領は小さいながら良く治められていて領民の評判も良く、近隣の領地を治める貴族からも男爵家自体へは減刑の嘆願書が届くなど人望もあった。
これらの事と、いくらバレバレでも建前を取り繕わなくてはならないのと、もうメンドイただでさえ忙しいのにやってられっか!と誰か言ったのかは知らないが、
『全員纏めて重篤な病での乱心でした!』
『とっても珍しい難しい病気なんですよ!』
『だから王太子とか名家の跡継ぎとか近衛騎士とか嫁入りとかマジ無理なので!専門施設で療養(幽閉)しますね!』
――――ということになった。
そして本題の次の王太子だが、繰り返すが国内にはめぼしい王位継承者がいない。
王姉殿下の御子は御令嬢ばかりで、この国は王位に限っては男子相続だ。
その辺変えようとすると面倒な問題が……他国も絡んで現王家の正当性云々的な事情が持ち上がるため、各所の調整をして穏便に改定するまでにはどんなに早くとも孫世代くらいまでかかる。
だからこそあんなんでも王太子になっていて、才女であるオ・カンディス侯爵令嬢をくっつけて何とか……と皆で苦心していたのだ。
だがもう仕方なくね?という事で持ち上がったのは友好国である北の王国の第三王子。
かの国は地理的には遠いのだが、先代と先々代と続けて王女と公爵令嬢があちらへ輿入れしている為、国内の先々々々代王妹殿下の甥の従兄弟の孫息子とかより血統的には近い。
第三王子はまだ少々幼いが、幸い現王陛下は健康には問題ないので頑張ればなんとか。
更にロッテンマイヤー公爵家の末の令嬢がちょうど年頃も合う為、彼女が王妃になれば次代の血統的問題はほぼ無くなる。
何なら他の王家の血を引く貴族令嬢でも可。
いずれ帳尻が合うならもう何でも良い。
そんな感じで急遽各王家に伝わる魔法の鏡ホットラインで交渉・協議した結果、めでたく第三皇子殿下を次期王太子として貰い受ける事が決まり、兄王の名代としてやってきた王弟殿下は到着するなり花婿にジョブチェンジすることになった。
一人やるなら一人くれという理屈だ。
幸いと言っていいのか、王弟殿下におかれては婚約者はいない。
後継問題を警戒して何だかんだ第二王子誕生まで待っていたら釣り合う未婚の令嬢がいなくなっただけで当人の瑕疵は無い。
兄王夫妻は申し訳ながっていたが、別段想う相手がいたわけでなし、このまま気楽な独身貴族で――と思っていたところに婚約すっ飛ばして結婚が決まったもうすぐ四十路の王弟殿下。
そもそも王命だし、国家間の政略だし、災難な御令嬢の名誉を思えばこちらから断るなどできない。
しかし……まだ二十歳にもならない乙女だぞ? 地位があるとはいえ遠い国の特別美男でもないアラフォーと結婚なんて可哀そうでは?!という心配も
「こう言っては失礼かもしれませんが――ジミデュケンド様と居りますと、ほっとして穏やかな気持ちになりますの。それに添い遂げるなら誠実で信頼できる方が良いと常々――その、やはり私のような若輩者ではご不安でしょうか……?」
身長差もあっての上目遣いで頬を染め、少しだけ心細そうに問いかける清楚な淑女に心臓ぶち抜かれた。
急な政略結婚だし、こんなおっさんで申し訳ないけど……一生!大切にする!!
また、式の準備で忙しい中どうにか時間をとって交流してみれば、不思議なほど年齢差を感じさせず、変に気を遣うこともなく楽しい時間を過ごせた。
次期王太子妃としての教育を受けただけあって、博識でしっかりした考えをされているし、年齢より落ち着いた話し方だからかもしれない。
婚礼の儀式は滞りなく進み、女神像の前で跪く二人に大司祭長が起立を促す。
誓いの口づけのためにベールを持ち上げる新郎は、堂々としているようでかなり緊張しているのがこの距離だとわかって、こちらの緊張が少しだけ解けた。
夜会での婚約破棄からこちら、怒涛の展開で二回りも上の他国の人間と即結婚することになったフィミヨーラは、淑やかな微笑みの下で快哉を叫んだ。
(良かった――――! 18の子とキスとか結婚とかマジ無理だっつーの!!)
選挙権とか一部成人コンテンツとかOK扱いなのは知っているが、芙美代さん的には大学の合格発表から帰ってきた第一声が
「おかーさん見て!すげえでっかいセミの抜け殻!」
だった息子のイメージである。
18歳とか全然子どもじゃんね?
それに引き換えアラフォーの王弟殿下ならちょい年上なだけ。
現世年齢的には大分上だが、同じく現世の政略結婚としてはセーフな範囲。
それに前世の記憶が戻った時は我ながらかなり混乱していてあんなだったが、フィミヨーラとしての記憶や人格は依然として変わりなく在る。
ちょっと記憶を始めとした芙美代成分がinしただけだ。
あと、うちの子はアホだったかもしれないけど良い子だから。
初恋だった王太子へ向けたかつての想いだって確かに覚えている。
豪奢な金髪と宝石のように鮮やかな青い瞳、金糸で飾られた衣装を纏った姿は絵本の王子様そのまま。
幼くも優雅な所作で婚約式にエスコートしてもらった時は夢のようで……
だけど、キラキラにデコられた映えスイーツは毎日食べるものじゃない。飽きる。
しかも美味しくないときては論外だろう。
そこへいくと、ジミデュケンド様は茶色の髪とオリーブ色の瞳で、整ってなくはないが年相応に小じわもあるし、全体的にやや平凡な印象を受ける。
だけどこんな他国の事情に巻き込まれての急拵えの婚約者にも丁寧に対応してくれるし、年下の小娘と侮ることなく気遣ってくれて、こうなったからには寄り添おうと、支え合って行けるように私の話を聞こうとしてくれる。
例えるなら王弟殿下は家族の好みと健康を考えた日々の献立だ。
毎日食べたいのがどちらだなんて、例え芙美代の記憶がなかったとしても恋という名の目の鱗さえ剝がれれば18歳のフィミヨーラでもわかる。
あと実は……顔は全く違うけど、笑った顔の印象がちょっとだけ前世の旦那に似てるんだよね。それもあって落ち着くというか……
――え? 享年は何歳だ?
3X歳とか言って前世入れたらアラフォーなんて遥かに年下じゃないのかって?
子持ちって言ってるけど孫だっていたんじゃないのか?
うるせえ細かいことは気にすんな。
天窓から女神の祝福のように降り注ぐ陽の光のもと、誓いの口づけを交す新郎新婦を参列者の誰もが暖かい眼差しで見守っている。
それは国王夫妻も例外ではない。
バカ息子がとんでもないことをやらかして、関係各所と特に長年尽くしてくれたフィミヨーラ嬢には申し訳ないどころではない。
突然な話で歳も離れているがセイジーツィ公との相性は良いようで、仲睦まじい様子だと報告を受けている。
今度こそ上手く纏まりそうだと、そっと安堵の息を吐いた。
この後、新郎新婦はパレード用の馬車で王都を一巡りした後オ・カンディス侯爵邸へ向かい、そのまま侯爵夫妻とともに王宮へ赴いて婚姻の報告と北の国へ嫁いで行く挨拶となる。
今ここに居るのに?と思うだろうが、本来は王宮で息子夫婦を迎える筈が、花婿が他国の王族且つ新王太子の伯父とあっては参列しない訳にはいかず、多少の違和感は流す方向でお願いしたい。
初めの予定では国民へ未来の王と王妃の顔を見せる為のパレードだった。
こんなことになったからには中止という声もあったが、そうすると既に準備を終えている関係各所に大損害が出てしまう為、新たな王太子の生国との架け橋として遥々嫁いでいく侯爵令嬢を見送る、という体で行うことになった。
それなら王弟であるセイジーツィ公爵との婚姻ということもあり、フィミヨーラ嬢とオ・カンディス侯爵家の名誉も挽回される。
二人の仲が良好であれば、第三王子を貰い受ける北の王国との関係もより良いものになるだろし、もし何かあってもフォローが期待できる。
セイジーツィ公爵の話によれば、第三王子殿下はまだ幼いながら聡明で、周囲に愛され、将来を期待されつつも王位を継ぐことはまずない事をそっと惜しまれていたらしく、おそらく今回の話は兄王夫妻にとっても渡りに船であったのではないかと言うことだった。
王家の体面と国のための優秀な後継の確得。
北の王国との一層の友好関係強化。
オ・カンディス侯爵家への名誉と祝い金という名の慰謝料。
苦労をかけ続けたフィミヨーラ嬢への良縁。
この政略結婚で成る事は、三方どころか四方良しと言っていい。
今度こそ上手くいきそうな政略に、各対応で少々窶れ、内心ハラハラしていた国王と宰相は胸をなでおろしたという。




