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ラーゲリからの帰還者
<書き出し>
あれは昭和23年6月03日の事だった。
その日は雨が降っていた。
自分はシベリアのラーゲリから、ようやく故郷の生家に帰還した。
家族を驚かそうと、自分は玄関の戸をそっと開けた。
玄関には沢山の履き物が揃えてあった。
人が集まっている様子だ。
自分が今日、帰還して来る事を誰が知らせたのだろう。
線香の匂いがした。
自分は襖をほんの少し開けて部屋の中を覗いた。
集まって居る人は全て喪服を着て居る。
そして肩を落として俯いている。
・・・泣いている人も居る。
自分は奥の仏間を見た。
仏壇には生花に囲まれた「白木の箱」が置いて有った。
白木の箱の上。
自分の出征の時の写真が載せてある。
自分の葬式をやっているのである。
自分は死んで居るのである。
そっと襖を閉めました。
自分は帰って来てはいけなかった。
今、帰ったら自分は幽霊になってしまう。
喪主は自分が大嫌いだった義理の弟だ。
義理の弟は自分が死んだ事を喜んでる筈だ。
この家の相続はあの義理の弟が全て継ぐ筈だ。
自分はこの家の周りには近づいてはいけないのだ。
たとえ幽霊に変わっても。
自分は帰って来ては、いけなかったのだ。




