9. 扉の中の黒曜石
本館へ続く敷石の道を歩いていくうちに、周囲の空気が少しずつ張りつめていくのを感じた。
朝の柔らかな光が高い庇の影に入ると、空気の温度さえ変わったように思う。
学院本館は、近づくほどに静かな重さを放っていた。
磨かれた灰色の石壁は、長い時を吸い込んだように沈黙し、そこに刻まれた紋章だけがわずかに陽光を返している。
入口に近づくと、すでに多くの新入生たちが集まり始めていた。深い色の外套をまとい、胸元に新しい紋章をつけた者たちが、緊張で強ばった顔を並べている。ざわめきはあるが、多くは声を潜め、目の前の建物に気圧されているようだった。
銀髪の少女は一歩だけ私に寄り、低く呟く。
「……こんなに人がいたんだね。」
「うん。寮ではあまり見かけなかったけど。」
彼女は胸元を押さえ、小さく息を整えた。私自身も、同じように鼓動がわずかに速くなっているのを感じていた。
やがて、重々しい木製の扉が、ゆっくりと内側へ押し開かれた。光が引きずられるように中へ流れ込み、その向こうの広間が姿を現す。
その瞬間、ざわめきが静まり、人々の視線が自然と引き寄せられた。
本館の大広間は、思わず息を飲むほど高く広かった。
天井まで届く巨大な梁が、闇のような影を支え、壁には古い指導者や学徒の肖像画が静かに並んでいた。足音が石の床に吸い込まれ、部屋全体が深い井戸のように響きを抱え込む。
広間中央に設えられた壇上には、黒曜石のように深い色の衣を纏った学院長らしき人物が立っていた。白髪混じりの髪がわずかに揺れ、静かな権威を纏っている。
「新入生諸君。」
その声は大きくないのに、広間全体に均等に届いた。
波紋のように胸の奥へ染み込んでくる。
「本日より、諸君は当学院の学徒として、新たな道を歩むことになる。ここに立つすべての者が、同じ起点にありながら、それぞれ異なる終わりへ向かう。学院とは、その道を見つけ、磨く場である。」
周囲の空気がさらに静かに沈む。隣を見ると、銀髪の少女はその言葉に聞き入るように目を細めていた。
「諸君にはこの後、教科ごとの教授たちによる簡単な指示が与えられる。また、午後には初めての試みとして、基礎魔術の適性検査を行う。決して恐れる必要はない。己の輪郭を知るための、第一歩である。」
大広間に薄く緊張が走る。誰かが息を呑む音が、かすかに響いた。
学院長は少しだけ視線を巡らせたのち、静かに続けた。
「それでは——始めよう。」
短い言葉だったが、その合図がすべての始まりを告げていた。
広間の両側に控えていた教授たちが前へ進み出て、新入生たちをいくつかの列に誘導し始める。衣の裾が石床を擦る音がゆるやかに重なり、まるでどこかの古い儀式の始まりのようだった。
私は銀髪の少女を見る。
「……大丈夫?」
彼女は小さく息を吐き、私の袖口をほんの一瞬だけ触れた。
「うん。あなたがいるなら。」
広い広間の中で、その言葉だけがひどく近く感じられた。
私たちは列に加わり、始まったばかりの学院生活の最初の指示に向けて、静かに歩みを進めた。




