8. 淡き光の端を歩く
廊下を歩きながら、ふと気がついた。
「…制服に着替えないといけないかもしれない。」
彼女は小さく息を吐き、肩をわずかにすくめる。
光を受けて淡く赤みを帯びた頬が、ほのかな照れを映していた。
「……あぁ、そうだったかも。」
私たちはそれぞれの部屋に入り、扉が静かに閉まる音だけが廊下に残った。
私は椅子の上に整えられた制服を手に取り、指先で生地を撫でる。厚手の布はしっかりとした手応えを返し、ほんのわずかに冷たかった。
しかし、抱きしめるような安心感を伴っていた。
着替えを終え、胸の奥に微かな緊張を残したまま彼女の部屋の前に立つ。
短い時間を経て、扉が静かに外側へと開き、朝の光が室内をなぞった。
制服に包まれたふたりの姿は、まだ眠りの名残を含んだ朝日に柔らかく溶け込むようで、自然と足取りも軽くなる。
廊下を抜け、階段を下りるたびに、朝の澄んだ空気が頬を撫で、改めて一日が始まる予感を知らせていた。
食堂の扉を押し開けると、窓辺に差し込む朝の光が白い卓布を淡く照らし、銀器の縁が静かに輝いていた。
学院の寮とはいえ、貴族用とあって並ぶ皿はどれも端正で、漂う湯気には香り高い茶葉と温かな乳の匂いが混じっている。
銀髪の少女は席に腰を下ろすと、肩の力を抜いたように息をついた。
「……まだ、慣れないね。こういう場所。」
私は首を傾けつつ、前に置かれた皿に視線を落とした。
バターと蜂蜜を染み込ませた温かい薄焼きの菓子、香草を添えた山菜類のスープ、果実を刻んだ甘いジャム。
それらはどれも控えめな香りながら、確かな品の良さを感じさせる。
「汽車の中とは全然違うよね。」
そう言うと、彼女は微かに笑った。
「……でも、悪くない。落ち着く匂いがする。」
私たちはしばらく言葉少なに食事を進めた。
スープを口に運ぶたび、学院で過ごすこれからの日々が胸の奥に小さく波を立てる。
彼女もまた、スプーンを置いて外の光をぼんやりと眺めていた。
「今日から始まるんだね。」
私がそう呟くと、彼女は一瞬こちらを見てから、少しだけ視線を逸らした。
「うん。不安もあるけど。あなたがいるなら、きっと……。」
それに返す言葉を探しているうちに、食事はほとんど片づいてしまっていた。
ふたりで席を立ち、外套の襟を整えながら食堂を出る。
廊下から外に出ると、学院本館へ続く敷石の道が朝の光を受けて淡く光っていた。
高い木々の間を抜ける風がローブの裾を揺らし、どこか遠くから鐘の音が響き始める。
「……行こう。」
私が口にすると、銀髪の少女は静かに頷いた。
新しい一日の光に導かれるように、私たちは学院の本館へ向けて歩みを進めた。
その足取りはまだ頼りないが、確かに未来へ進んでいた。




