6. 三〇二号室へ
黒鉄の大きな扉は、夕暮れの色を呑み込んでいた。
門番が証書を確認し、軽く礼を済ませる。
門は重く軋みながら、内側から静かに押し開かれた。
最初の一歩を踏み入れたとき、胸の奥で何かが沈むように落ち着いた。
その沈黙は石畳の冷たさと魔術灯の柔らかな光に溶け込み、見知らぬ土地でありながらどこか懐かしい安心感をもたらした。
帝国図書館――あの澄みきった静寂が、ここにも薄く流れていたのだ。
父も祖父も、そのまた先代も、書架の影に積もる埃や羊皮紙の匂いの中で、静けさを血のように受け継いできた。
その記憶が、ここにも静かに息づいていた。
隣で歩く彼女が、小さな声で呟いた。
「思ったより……深い静けさね。」
夕陽は彼女の銀髪を淡い金色に染め、波に陽光が反射するように輝いていた。
その顔には少女らしいあどけなさよりも、生まれ育った家柄の影が濃く映っていた。彼女の家は私の家以上に帝国図書館との結びつきが深く、王家にも遠く連なる血筋。
知識を守るための沈黙と責務が、自然とその背筋に宿っていたのだ。
学院本棟の影を抜けて林の間を縫う道に足を進めると、茜色に染まった四角い建物が姿を現した。
王立寄宿舎《静影館》。学院で最も歴史のある寮で、代々高貴な家系の子弟だけがその門を跨いでいた。
伝説上の動物を象ったという街路樹が、私たちを迎えるように揺れた。
「お二人は同じ寮ですが、お部屋は異なります。」
寮監の声は塔の静寂を裂くように響いた。
彼女の階を先に示し、それから私の階へと続く。
彼女は振り向き、小さく微笑んだ。
「私は下の階みたい。すぐそばの、二〇一号室よ。」
その声音には、気遣いと新生活への期待が入り混じっていた。
私は階段を上り、自分の階に足を踏み入れた。
廊下には古い図画が掛けられ、魔術灯の柔らかな光が木目に沿って揺れている。
どの絵も図書館の奥に眠る古写本の挿絵を思わせる筆致で、立ち止まらずにはいられないほどに知識の匂いを漂わせていた。
三〇二号室。
扉に触れると、鍵は微かに震え、静かに外れた。
室内には旅の疲れを吸い込んでしまうような静けさが満ちていた。
深い色の書棚、重厚な机、窓辺から流れ込む高地の風。
不思議な安心を与える配置だった。
荷物を床に置くと、木の香りが淡く立ちのぼる。
ここが私に与えられた部屋であり、これからの日々を刻む場所なのだと、ようやく実感が湧いてきた。
扉をそっと閉めると、静かな音が部屋中に広がった。
私はその余韻に、いつまでも浸っていた。




