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5. 汽笛の先へ

 誰かの声で、私は夢の端から引き戻された。

 列車はすでに高原を過ぎ、淡い霧の中に朝日が滲んでいる。


 扉を叩く音が聞こえた。

「ご朝食は食堂車にてご用意してございます。」

 そう言って車掌は私たちを案内した。


 私は眠気を纏いながら通路を歩く。


 食堂車は朝日を受けた金の光に満ちていた。

 白布の卓の上に磨き上げられた銀器が整然と並び、静けさの中に微かな食器の音だけが響いている。


 席に着くと湯気の立つ紅茶と温かそうな麭、そして卵料理が運ばれてきた。

 外の麦畑がゆっくりと遠ざかる。


「ねえ。」

 彼女は麭に牛酪を塗りながら、ふと口を開いた。

「昨日、夜遅くに外を見たの。星がすごく近くて。まるで列車ごと空に浮かんでるみたいだった。」

「あの部屋の窓から見たの?」

「ええ。あなたは寝てたから、起こさなかったけど。」

「起こしてくれればよかったのに。」

 思わず言うと、彼女は小さく笑った。

 その笑顔は、今までで一番柔らかかった。



 汽車は南の日を浴びながら、緩やかに速度を上げていく。

 雲の切れ間に、針のように尖った塔が一瞬の光を受けて輝いた。

 彼女はそれを見つけ、息を呑んでから指さした。

「見て。魔術学院よ。」


 あのときの胸の高鳴りを、私は今でもはっきり覚えている。



 やがて陽は傾き、窓の外の光が金から橙へと変わっていく。

 列車は段々と減速し、石造りの平台に滑り込もうとしていた。

 窓の外には深色の屋根と尖塔を頂く学院の建物が、木々の間から姿を現している。

 彼女は窓に身を寄せ、息を詰めるように外を見ていた。

 私は隣で同じ景色を追いながら、胸の奥に緊張と期待が混ざるのを感じた。


 杖を手にした瞬間。

 懐中時計の針の音。

 いつもあった父の微笑み。

 そのすべてが、私をここへと導いたのだ。


 扉が開くと、夕暮れの風が冷たく車内に吹き込み、髪を揺らした。

 木の香りと湿った匂いの中で、どこか遠くの鳥の声がする。

 この土地の息遣いを初めて感じた瞬間だった。


 彼女は荷を持ち直し、私を見て言った。

「行きましょう。」

 その声は静かで、それでいて少しの自信を帯びていた。


 石畳の平台は列車の余韻でわずかに揺れ、斜陽を受けて茜色に染まっていた。

 その上では、制服姿の少年少女たちが談笑しながら行き交う。


 私たちは夕暮れの光の中を、学院へ向かって歩き出す。

 背後では列車の汽笛が、旅の終わりと始まりを告げていた。

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