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4. 灯りの下で

 夜が深まるにつれて、列車の響きは穏やかな呼吸のようになった。

 窓の向こうに映る灯りは波のように流れ、次第に見えなくなる。


 扉が軽く叩かれ、給仕の男が銀盆を抱えて入ってきた。

 盆の上には真鍮の蓋をかぶせた皿が、三つ。

 温かな汁物と丸い麭、焼いた肉の輪切りと少量の果実酒が並んでいた。

 食事が運ばれると、部屋の灯りがわずかに明るくなる。


 私は机の向かいに座る彼女を見た。

 まだ緊張した面持ちで、姿勢を崩そうとしない。


「食べようか。」

 私がそう言って匙を手に取る。

 汁物の香りに包まれて、少しだけ言葉を続ける気になった。


「汽車に乗るのは初めて?」

「……ええ。港町までは馬車で来たの。」

 小さな声で答えたあと、彼女も銀の匙を手に取る。

 しばらく沈黙が続いたが、車体の揺れに合わせて、少しずつ緊張もほどけていくようだった。


「この汽車、汽笛の音が少し違うと思わない?」

 私が何気なくそう言うと、彼女は顔を上げた。

「違う?」

「港で聞いた汽笛より、少し柔らかい。魔術で音を整えてるのかも。」

「そんなことできるの?」

 その声に、わずかに興味の色が混じった。


 そこから、少しずつ話が弾んだ。

 魔術の仕組みのこと、魔術学院に何を持っていくか、杖の材質の話。

 最初こそ一言ずつだったのに、やがて彼女の口数は増えていった。


「魔術って、どんな感じなんだろうね。」

 私がふと漏らすと、彼女は考え込むように視線を落とした。

「うーん……うまく言えないけど、空気の奥に何かが流れてる気がして。それに触れたら、きっと全部が少し違って見えるんじゃないかって思うの。」

「全部が?」

「うん。世界とか、人とか。今まで知らなかった何かが、見える気がするの。」

 彼女はそう言って、杯の縁に指を沿わせた。

 灯りの揺れがその指先に映り、淡く震えていた。


「あなたは、なんで魔術を学ぶの?」

「僕は……まだよくわからないけど。父があんなに魔術を大切にしてたから、きっと何か理由があるんだと思う。それを、見てみたいだけなのかも。」

「見てみたい、か……。」

 彼女は小さく繰り返して、微笑んだ。

 その笑みは、初めて柔らかく見えた。


 食事が終わるころには、彼女の言葉は絶え間なく続いていた。

 水のように軽やかで、途切れない。

 港町の思い出、祖母の家の庭、これからの不安。

 私はただ相槌を打ちながら、彼女の声が列車の振動に溶けていくのを聞いていた。


 やがて灯りが少し落とされると、彼女はようやく口を閉じた。

「ごめんなさい、たくさん話してしまって。」

「いいよ。その方が、車輪の音よりずっといい。」

 そう言うと、彼女は少しだけ頬を染めた。


 外では雪が降り始めていた。

 降り積もる音は聞こえず、世界が静かに遠ざかっていくのが分かった。


 私は寝台に身を沈め、懐中時計の蓋を指でなぞる。

 針が、彼女の声と同じ速さで動いているように思えた。

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