3. 二枚目の切符
山間から聞こえる蒸気の音は、次第に大きくなっていった。
やがて夜気を震わせるように、汽笛が一度、深く鳴る。
闇の奥から近づく光は、霧を裂いてこちらへ伸び、そして私を迎えに来るように思えた。
列車は私の前でゆっくりと止まり、吐き出された白い息が足元に広がった。
私は父と最後の別れを交わした。
言葉はなかった。ただ、父が外套の襟を正しす仕草を、私は静かに見ていた。
汽笛が再び鳴る。
私は振り返らず、客車の階段を上がった。
客室の扉を開けると、思いのほか広い空間が待っていた。
四角形の机とそれを囲む二脚の椅子。奥には大きな硝子窓があり、外の夜景を絵画のように切り取っている。
扉際の壁には横になれるほどの長椅子。右奥には過剰とも言える大きな寝台。左手の扉を開ければ、水回りが備わっていた。
私の部屋より狭いはずなのに、外にいるような広がりがあった。
蒸気の音が車体の金属を伝って響き、床下で規則正しく鳴る。
荷物を置いて腰を下ろしたとき、ふと違和感を覚えた。
二つの椅子、二つの枕。まるで、私以外にもう一人の乗客がいるかのようだった。
そのとき、短い汽笛が一度だけ鳴った。
直後、扉が叩かれる。
私は身を起こし、取っ手を引いた。
そこに立っていたのは、一人の少女だった。
銀色の髪が灯りを受け、淡く金のように光っている。
その手には、私と同じ一等客車の切符が握られていた。
少女は視線を落とし、ためらうように言った。
「……あの、あなたって、図書館長さんの息子さん?」
声は小さく、震えていた。言葉の端々に緊張が滲んでいる。
「そうだけど。君は――父の知り合いなの?」
私が問い返すと、彼女は小さく頷いた。
「ええ。私のお祖母様が、以前の帝国図書館の館長で……あなたのお父様がその後を継がれたの。魔術学院に入学すると話したら、お祖母様が言ったの。あなたと一緒に行きなさいって。」
ようやく事情を飲み込む。
どうやら、魔術学院までの旅路をこの少女と共にするらしい。
短い汽笛が二度、重なるように鳴った。
私は彼女を中へ招き入れた。
彼女の荷物は私のものよりもずっと大きく、扉の前に立たせていたことが少し申し訳なく思えた。
そのため私は自然と手を伸ばし、荷物を運ぶのを手伝った。
それが終わると、私たちは静かに椅子に腰を下ろした。
汽笛が三度鳴った。
そして次に響いたのは、これまでよりも長く、深い音だった。
前方から伝わる轟音が足元を震わせる。
列車が動き出した。
窓の外の街灯が流れ、雪のような白い蒸気が夜の景色に溶けていく。
新しい世界へ向かうその音が、胸の奥で静かに鳴り響いていた。




