20. 千年の朝
本館前の広場に着くと、いつの間にか三人の姿が揃っていた。
石畳は朝露を含み、踏むたびに小さな音が弾ける。まだ冷たい空気が肺に満ちて、少しだけ眠気を攫っていった。
銀髪の少女は目元を指先でこすりながら、軽く会釈を返してくる。
赤の少年は不器用に手を振り、途中で動きが迷子になった。
その二人の間を、緑の少女がそっとすり抜ける。短く息を吐き、ほっとしたように微笑んだ。
並木の影が石畳に細く伸びる。揺れる葉のざわめきが、朝の静けさをむしろ際立たせている。
——この時間が、できるだけ長く続けばいい。
そんな思いが一瞬胸をかすめたとき、学院の鐘が遠くで鳴った。
講義室に着くと、すでに数名が窓際に座っていた。机に並んだ記録と魔術具が、光を受けて微かに輝く。
自分の席に腰を下ろすと、椅子の冷たさが背筋をまっすぐにした。
銀髪の少女は帳面を抱きしめるように置き、赤の少年は鞄の紐にもたついている。
緑の少女が静かに椅子を引いたタイミングで、教室の空気が一つ整ったように感じられた。
やがて、教授が杖で机を軽く叩く。
その低い声は、教室の奥まで染みる。
「さて、皆さん。魔術がこの世界に現れたのは、千年以上前のことです。」
一瞬の静寂が広がる。
千年。
想像しようとしただけで、時間の厚みが胸を押した。
銀髪の少女は帳面を握り直し、赤の少年は背筋をそっと伸ばす。
自分の指先にも、知らぬ間に力が入っていた。
「初期の魔術を編み出したのは、この歴史書に名を残す偉人たち。彼らの子孫は知識を継ぎ、やがて王家となりました。現在の帝国王室はその血統を引き継いでいます。」
窓からの光が銀髪を淡く揺らした。
私たちが学ぶ魔術は、その系譜の先端にある。そう思った途端、胸の奥がざわつく。
赤の少年がちらりとこちらを見る。
彼も、その重さを感じているのだろう。
「そして重要なのは、王室を中心に魔術が改良され続けたことです。千年余、途切れることなく。」
杖が黒板を指すたび、緑の少女が小さく息を吸う。
尊敬と、少しの緊張。それは私の中にもあった。
文字を走らせる手が追いつかないほど、知識が押し寄せる。
それは重く、けれど触れられる距離にあるもの。
——ただの授業ではない。
千年前に誰かが灯した火を、受け継いでいる時間だ。
教授の声が続く。王室と魔術の結びつき。発展。改良。
歴史が線となり、未来へ伸びていることが見えてくる。
午前の講義が終わる頃、光は白く澄み、床に静かな輝きを落としていた。
机が擦れる音があちこちで重なり、互いに小さく頷き合う。
分かち合える誇りが、胸の奥に静かに灯っていた。




