19. 家路
演習が終わる頃には、講義室の窓辺を射す光はすでに琥珀色に変わり、古い木の床に斜めの帯を描いていた。
教授が杖の先で机を叩き、静かに授業の終了を告げる。
「本日の計測値は、今晩のうちに表へ清書しておくこと。後ほど回収する。」
控えめなざわめきが教室に広がり、椅子の脚が磨かれた床を擦る乾いた音が続く。
午後の理論の重みから解放されたせいか、生徒たちの表情にはどこか安堵の色が差していた。
私たち四人も用具をまとめ、古い真鍮の取っ手に手をかけた。冷えた金属の感触に、ようやく授業が終わったことを実感する。
廊下には夕刻特有のひんやりとした静けさが満ちていた。
窓から差す淡い光が壁の縁をぼんやりと撫で、金属と紙の匂いがゆっくりと空気に溶けていく。
「ふぅ……まだ頭が回ってる感じ。」
赤の少年が肩をぐるりと回す。
その仕草は大げさだが、少しの疲れを紛らわせようとしているのが分かった。
「でも、測定は悪くなかったね。」
銀髪の少女は帳面を胸の前で抱え直し、その指先で紙端をそっと整えた。
彼女の仕草はいつも通り静かで、言葉より先に落ち着きを伝えてくる。
「あ、ほんと? なら良かった……」
赤の少年は髪をくしゃりと撫でて照れ笑いをする。
緑の少女は三人を見回し、肩の力をそっと抜くように微笑んだ。
廊下の端から、鐘楼が夕刻の音を鳴らすのが聞こえた。
金属の澄んだ響きが、高い天井の装飾を震わせるように流れてくる。
「そろそろ戻らないとね。寮ごとに点呼があるでしょう?」
緑の少女が言うと、赤の少年が「あっ」と声を漏らした。
本館を抜けると、三つの寮へ続く道が扇のように広がっていた。
私と銀髪の少女は自然に左の道へ歩き出し、緑の少女は並木道の影へ向かう。赤の少年は丘の下の明かりをちらりと見やった。
「じゃあ、また明日な。」
赤の少年は手を上げながらも、目線だけは少し控えめに逸らした。
「明日の午前は魔法史よ……遅刻しないようにね。」
銀髪の少女の少しふわりとした口調に、少年は「頑張るよ。」と笑う。
緑の少女は歩き出す前に、そっとこちらへ向き直った。
「今日は……ありがとう。四人でいられて、ほんのすこしだけ心強かった。」
その控えめな言葉は、列車で見た田園風景のように、素朴で温かかった。
「こちらこそ。また明日。」
そう返すと、四人はそれぞれの寮への道を歩み始める。
銀髪の少女は私と同じ道へ、緑の少女は葉擦れの奥へと姿を消す。
赤の少年だけが、灯りのともり始めた坂道へ向かっていった。
夕暮れの中で三色の影が別々の方向へ伸びていく。その光景は、講義で見た魔素体系表の円が静かに離れ合う様子を思わせた。
私は小さく息を吐き、まだ温もりの残る石畳を踏んで歩き出す。
遠くで次の灯りがひとつ、ぱちりと点いた。




