18. 光の縁で揺らぐ魔素
昼の光はわずかに傾き始め、午後の講義室に重たく静かな空気を満たしていた。
壁際に並ぶ書棚には分厚い書物がぎっしりと押し込まれ、木の机と椅子は長い年月の手触りを艶として残している。窓から差し込む光は梁を細く照らし、床の木目をゆっくり滑って、生徒たちの影を揺らした。
私たちは四人で並んで席に着いた。
銀髪の少女は背筋をまっすぐに伸ばし、既にページを開いて準備を整えている。
緑の少女は薄いノートの上に指を添え、書き込む場所をあらかじめ測るように視線を動かしていた。
赤の少年は机の縁を指でなぞりながら、落ち着かない呼吸を整えようとしているのが、横目にも伝わってくる。
「本日の授業は魔術理論だ。《魔素体系表》の基礎を扱う。」
教授は低い声でそう告げ、古い革表紙の書を机に置いた。
重さのある音が、講義室の奥までゆっくりと響く。
「魔素とは、魔力を構成する最小単位。いわば性質の粒だ。この表のように、振動の近いもの同士が安定して共鳴する。」
壁の大きな図表では、青・赤・緑・金に塗り分けられた魔素の円が規則正しく並び、隣り合うものほど線が細く結ばれていた。
「例えば、雷素は風素と振動数が近い。ゆえに術式を組む際は、まず風素の揺らぎを整える。基本だが、帝国式の魔術では必ず押さえておくべき点だ。」
教授の落ち着いた声が、深い木の香りと混じり合って胸に届く。
生徒たちのノートをめくる音が、静かに細く続いた。
私は隣の銀髪の少女のノートへちらりと視線を落とした。
記された文字は迷いがなく、分類の表は均整の取れた線で囲まれている。
その几帳面さを見るだけで、自分の心も自然に整えられる気がした。
赤の少年は、図表の一つを指で辿りながら、時折、眉を寄せては小さく息を呑んでいる。
目が合うと、彼はほんのわずかに頷いた。緊張しているのに、人に合わせようとする優しさがある。
緑の少女は、教授が言葉を区切るたびに細い線をノートへ加え、魔素の並びを自分なりの図に書き替えていた。
筆先には迷いがなく、その手際の良さに、彼女の理解の速さが静かに表れていた。
「では演習に移る。各自の魔素特性を計測し、体系表に照らし合わせて共鳴周波数を導き出す。ここで感覚を押さえれば、後がずっと楽になる。」
教授は杖の先で机を軽く叩いた。
乾いた音が講義室を横切り、空気の温度がひとつ上がったように感じる。
私は胸元の青い布に触れ、自分の魔力の流れを探る。
淡い光が、まだかすかではあるが、確かに内側で揺れている。
表のどこに位置するのかを思うと、胸が締まるような、期待のような、不思議な感覚があった。
銀髪の少女が横から小さく笑みを向ける。
緑の少女は、私の表の一角に指先でそっと印をつけ、位置関係を示してくれた。
赤の少年は喉を鳴らしながらも、真剣な目でこちらに寄り添うように視線を合わせる。
机の上に広がる紙片と図表は、ただの教材ではなく、四人で踏み出す初めての入口のように思えた。
午後の光はさらに傾き、長く伸びた影が机の端を静かに横切っていく。
その光の中で魔素の表が淡く輝き、私たちの胸には、ごく小さな――しかし確かに新しい季節の気配が生まれていた。




