17. 三原色と四人の影
昼食のために広間へ向かうと、長机の隙間はほとんど埋まり、すでに多くの生徒が声を弾ませていた。白い陶器と銀のカトラリーが光を返し、広間のざわめきは天井の高みにふわりと渦をつくっている。窓辺から差し込む陽の筋が、皿の縁に小さな光を散らした。
私は銀髪の少女と向かい合って腰を下ろす。椅子がわずかに軋む音が、緊張の所在を自分に教えるようだった。
私は指先でナプキンの端を押さえ、隠すように口を開いた。
「さっきの授業、どうだった? 僕は全然出なくてさ……」
銀髪の少女はスープを軽くかき混ぜ、湯気の向こうで肩をすくめる。
「私も同じ。最後にようやく少しだけ……」
その声に、隣の席の赤いネクタイの少年が視線だけをこちらに寄越す。皿を置く手が一度止まり、控えめな笑みが浮かぶ。
「君はどう? 光は出た?」
問いかけると、少年は椅子にわずかに背を伸ばし、胸の前で手を握りしめてから答えた。
「うん、針の先みたいな光だけど……それだけで、今日は満足って思っちゃった。」
彼の指先がまだ少し震えているのが見え、胸の奥がほんの少し軽くなる。初めての光が、彼をどれだけ支えているのかが伝わった。
そこへ、緑のネクタイの少女が静かな気配とともに近づき、空いたスペースに皿を置いて腰かけた。視線だけで私たちの会話に加わる。
「光が出たなら、立派よ。」
彼女はパンをちぎりながら穏やかな声を落とす。その仕草の丁寧さだけで、場の空気が少し落ち着く気がした。
「今日の授業、懐かしかったわ。」
その言葉に、赤の少年が目を瞬かせる。感嘆と驚きが混ざった視線が彼女へ向かう。
「初めてで光が出たなら、それだけでも大したものよ。」
少女はパン屑を指で払いつつ、私を見る。静かな評価がそのまなざしに宿っていた。
「魔力は生まれより、覚える姿勢のほうが大事なんだって、父がよく言ってたわ。」
銀髪の少女が、湯気越しにこちらをちらりと覗き見る。
「それ聞くだけで、なんだか救われる感じ。」
私はうなずこうとして、代わりに水差しへ手を伸ばした。指先がわずかに緊張している。
「あなたも光が出てたわね。手元、少し震えていたけど……初めてって感じで、すてきだった。」
緑の少女がそう言うと、柔らかい微笑みがこぼれた。
「……見てたんだ。」
思わず視線を落とすと、皿の白が妙に明るく見えた。
「不安そうだったけど、すぐに落ち着いてたわ。」
緑の少女が言葉を添える。
すると銀髪の少女がフォークをくるりと回しながら口を挟む。
「この人、緊張すると黙るだけなんだよ。」
三人がほほ笑む。笑い声よりも先に、顔のゆるみや肩のほどけ方が伝わってきて、私は思わず息を吐いた。
青も緑も赤も、今はただ同じ机を囲んでいるだけ。それなのに、胸には色の違いがつくる影が、かすかに揺れている。
「午後の授業……また一緒だといいわね。」
緑の少女がちぎったパンを皿へ置きながら、そっと未来をのぞくように言う。
「うん。また近くに座れたら嬉しいな。」
赤の少年の笑顔は、ほんの少し身を乗り出す動きと共に本心を語っていた。
「じゃあ、四人で並べるところ、探そうよ。」
銀髪の少女が楽しげにスプーンを置き、私たちを見回す。視線が一瞬で揃い、机の下で四つの影が寄り添うように重なった。
ざわめきの中で交わされた小さな視線、触れかけた指先、言葉より先に流れたわずかな空気の揺れ。
未来のことはまだ誰も知らなかった。
それでもこの瞬間だけは、確かに同じ場所で同じ昼食を囲んでいる。
その温かな気配だけが、胸の奥にそっと残っていた。




