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15. 基礎は初歩に非ず

 私が彼女と話をしていた時、白いひげを蓄えた初老の男が教室に入ってきた。


「この授業では、《魔力投げの術》――古代魔術のひとつを教える。」

 老人は髭を手で扱きながら、ゆっくりと口を開いた。


「まずは、《魔力投げの術》がどのようなものか、実際に見てもらおう。」


 するとどこからともなく木の板が現れ、宙を滑るように進み、教卓の端、老人の対角線上に立った。

 少しの揺れでも倒れそうな、細く頼りない板だった。


 老人は軽く咳払いをして、皆の視線を集める。

 杖を板に向けると、低く響く声で告げた。


「それでは、見せよう――《弾け》」


 杖の先端に光が宿り、丸い光は弾丸のように真っ直ぐ板へ向かった。板の中央に当たると光は消え、ゆっくりと倒れて机から落ちる。


「諸君には、初等部二年と中等部四年、計六年をかけて、この《魔力投げの術》を極めてもらう。」


 すると後方から小さな声が漏れた。

「こんな簡単な魔術を六年間もやるのかよ……」


 教室の空気がその声に同調するかのようにざわめいた。

 老人は一瞥をくれ、低く言う。


「基礎は初歩に非ず。基礎魔術も、極めればどのような応用魔術よりも優れたものになる。」


 視線を巡らせ、さらに続ける。


「では、少し先の景色、その一端を見せよう。」


 今度は言葉を使わず、杖から無数の光を取り出した。

 先ほどより小さな光が、教室の空間でひらひらと舞う蝶の形を描く。粉のような光を散らしながら漂い、部屋の中を幻想的に巡った。

 一周すると、教卓上にふわりと戻る。

 その時、先ほど倒れた木の板が、すでに元の位置に立っていることに気づいた。


 老人は杖を板に向けて構える。


 蝶は儚さをまとい、上下に揺れながら進む。

 やがて板に触れるが、すり抜けるように通過し、板は微動だにしなかった。

 表面には穴も傷もない。


 老人は再び教室全体を見渡す。

「確かにこれは、基礎魔術に過ぎない。諸君の中には、彼以外にも《魔力投げの術》を軽視している者がいるだろう。」


 正直に言えば、私自身も、基礎魔術など早々に習得して、少しでも早く応用魔術に触れたかった。

 しかし、老人は静かに言葉を重ねる。


「だが、この術には、実践魔術の本質が詰まっている。」

 その瞳が少し鋭くなる。

「日々の鍛錬でしか上達できない点では、応用よりもむしろ基礎の方が難しい。」


 やがて思慮深い雰囲気を漂わせ、静かに続ける。

「速く走るものはすぐに転ぶ。ゆっくりと、一歩ずつ進んでいくことも重要だ。」


 しばしの間を置き、低く口を開く。

「それでは早速、始めようか。」


 教室には、ただその低い声が響いた。

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