12. 青き指針を得て
鐘の余韻が石壁の奥へゆっくり沈んでいくころ、私たちは検査の会場となる講堂へ歩みを向けた。
午前と同じく、学院の空気にはどこか緊張の膜が張っている。
講堂の扉が開かれた瞬間、広間全体に満ちる魔術陣の微かな唸りが、私の肌を震わせた。
天井の梁には、年輪のように幾度も書き足された魔術紋が沈み込み、中央の三重の光輪がゆっくりと脈を打っていた。
「ここで……やるんだね。」
隣の銀髪の少女が、胸元の札をそっと握りしめた。
最初に呼ばれたのは、魔力脈の測定だった。
講堂中央の円に立つと、光の輪の一つがふっと明滅し、私の足元に淡い紋様が広がる。
胸の内側で何かが細く引かれ、吸い込んだ息がそのまま深みに落ちていった。
「力を込める必要はありません。ただ、流れるままに。」
その声は水のように滑らかだった。
しばらくすると、紋様の縁が細く、やわらかい蒼の光を帯びた。
高ぶりでも弱さでもない、安定した色だと言われた。
少女も輪の上に立った。その指先は僅かに震えている。
間も無く彼女の足元にも同じ澄んだ青が広がった。
光が静まるころ、彼女は驚いたように息を呑み、こちらを見て小さく笑った。
次の台には、透明な鉢に入った水と、乾いた砂、黒い金属片が並んでいた。
順に手をかざし、どの属性と最も響き合うかを見るのだという。
相性の悪い系統だと体を傷めることもあるため、初学者には欠かせない判定であると聞いた。
私が手を伸ばすと、水面にだけわずかな振動が走り、光が一点に集まった。
「水性と風性の中ほど。流れのある魔術が向くでしょう。」
教授は告げた。
少女は砂に触れたとき、細い粒がふわりと浮き上がった。
「土と風……珍しい組み合わせですね。」
そう囁かれると、彼女は照れたように頬を赤らめた。
最後は、短い詠唱による精神強度の測定だった。
瞼を閉じ、小さな光球を心に描き、それを保ちながら導師の問いを聞き取る。
私は揺れることなく光を保ち続けたが、緊張で喉が少し乾いた。
少女は途中で肩をわずかに震わせたが、崩れかけた光を両手で掬い上げるように結び直した。終えると、胸の底から解けていくような息を吐き、安堵の色をにじませた。
「二人ともよくできました。」
その言葉は、広い講堂の静けさの中でやさしく響いた。
適性調査が終わると、受検者全員が再び講堂に集められた。
三つの机には、赤・青・緑の三色のネクタイが整然と並べられている。
「色は魔力の傾向を表し、これからの君たちの魔術の指針となる。」
その説明とともに、名前がひとりずつ読み上げられた。
私の名が呼ばれると、胸の奥が急に熱くなる。
手渡されたのは、深い湖底の影を思わせる青の布だった。
掌で触れるとひんやりしていて、自分の魔力の色と重なる気がした。
すぐ後ろで少女も呼ばれ、同じ色のネクタイを受け取った。
彼女は私を見つけると、小さく振って笑った。
講堂を出ると、外気が胸いっぱいに流れ込んだ。
胸元の青いネクタイは、まだ結び慣れず、指先が何度も触れてしまう。
「……なんだか、不思議だね。」
隣で歩く銀髪の少女が、布の端をそっと押さえながら言った。
「色がひとつ決まっただけなのに、世界の見え方が少し変わったみたい。」
その言葉に頷くと、彼女はふっと微笑んだ。
午後の光が青の布地を照らし、揺れる影を石畳に落とす。
寮へ続く道は、昼下がりの静けさに包まれていた。
他の生徒たちの胸元には、葉の色を思わせる緑のネクタイが多く揺れている。
その中で、私と彼女の青は静かに浮かび、ひそやかに響き合っていた。
「……ねえ。」
少女がふいに立ち止まり、空を仰いだ。
鐘楼の向こう、淡い雲の切れ間に、かすかな蒼が覗いている。
「たぶん今日からのことを、あとで思い出したら……きっと大丈夫だったって言える気がする。」
その声は、誰かに向けた祈りのようでもあり、自分自身を励ますささやきのようでもあった。
「うん。そう思える日が来るよ。」
私がそう返すと、彼女はもう一度だけ深く息を吸い、足を前へ運んだ。
青い布が揺れ、石畳に落ちる影が重なる。
その重なった影を踏みしめながら、私たちは寮へ向かって歩き出した。
これから始まる日々の気配が、胸の奥で静かに形を結びつつあった。




