表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/20

12. 青き指針を得て

 鐘の余韻が石壁の奥へゆっくり沈んでいくころ、私たちは検査の会場となる講堂へ歩みを向けた。

 午前と同じく、学院の空気にはどこか緊張の膜が張っている。

 講堂の扉が開かれた瞬間、広間全体に満ちる魔術陣の微かな唸りが、私の肌を震わせた。


 天井の梁には、年輪のように幾度も書き足された魔術紋が沈み込み、中央の三重の光輪がゆっくりと脈を打っていた。


「ここで……やるんだね。」

 隣の銀髪の少女が、胸元の札をそっと握りしめた。



 最初に呼ばれたのは、魔力脈の測定だった。

 講堂中央の円に立つと、光の輪の一つがふっと明滅し、私の足元に淡い紋様が広がる。

 胸の内側で何かが細く引かれ、吸い込んだ息がそのまま深みに落ちていった。


「力を込める必要はありません。ただ、流れるままに。」

 その声は水のように滑らかだった。


 しばらくすると、紋様の縁が細く、やわらかい蒼の光を帯びた。

 高ぶりでも弱さでもない、安定した色だと言われた。


 少女も輪の上に立った。その指先は僅かに震えている。

 間も無く彼女の足元にも同じ澄んだ青が広がった。

 光が静まるころ、彼女は驚いたように息を呑み、こちらを見て小さく笑った。



 次の台には、透明な鉢に入った水と、乾いた砂、黒い金属片が並んでいた。

 順に手をかざし、どの属性と最も響き合うかを見るのだという。

 相性の悪い系統だと体を傷めることもあるため、初学者には欠かせない判定であると聞いた。


 私が手を伸ばすと、水面にだけわずかな振動が走り、光が一点に集まった。

「水性と風性の中ほど。流れのある魔術が向くでしょう。」

 教授は告げた。


 少女は砂に触れたとき、細い粒がふわりと浮き上がった。

「土と風……珍しい組み合わせですね。」

 そう囁かれると、彼女は照れたように頬を赤らめた。


 最後は、短い詠唱による精神強度の測定だった。

 瞼を閉じ、小さな光球を心に描き、それを保ちながら導師の問いを聞き取る。


 私は揺れることなく光を保ち続けたが、緊張で喉が少し乾いた。

 少女は途中で肩をわずかに震わせたが、崩れかけた光を両手で掬い上げるように結び直した。終えると、胸の底から解けていくような息を吐き、安堵の色をにじませた。


「二人ともよくできました。」

 その言葉は、広い講堂の静けさの中でやさしく響いた。



 適性調査が終わると、受検者全員が再び講堂に集められた。

 三つの机には、赤・青・緑の三色のネクタイが整然と並べられている。


「色は魔力の傾向を表し、これからの君たちの魔術の指針となる。」

 その説明とともに、名前がひとりずつ読み上げられた。


 私の名が呼ばれると、胸の奥が急に熱くなる。

 手渡されたのは、深い湖底の影を思わせる青の布だった。

 掌で触れるとひんやりしていて、自分の魔力の色と重なる気がした。


 すぐ後ろで少女も呼ばれ、同じ色のネクタイを受け取った。

 彼女は私を見つけると、小さく振って笑った。



 講堂を出ると、外気が胸いっぱいに流れ込んだ。

 胸元の青いネクタイは、まだ結び慣れず、指先が何度も触れてしまう。


「……なんだか、不思議だね。」

 隣で歩く銀髪の少女が、布の端をそっと押さえながら言った。

「色がひとつ決まっただけなのに、世界の見え方が少し変わったみたい。」


 その言葉に頷くと、彼女はふっと微笑んだ。

 午後の光が青の布地を照らし、揺れる影を石畳に落とす。


 寮へ続く道は、昼下がりの静けさに包まれていた。

 他の生徒たちの胸元には、葉の色を思わせる緑のネクタイが多く揺れている。

 その中で、私と彼女の青は静かに浮かび、ひそやかに響き合っていた。


「……ねえ。」

 少女がふいに立ち止まり、空を仰いだ。

 鐘楼の向こう、淡い雲の切れ間に、かすかな蒼が覗いている。


「たぶん今日からのことを、あとで思い出したら……きっと大丈夫だったって言える気がする。」


 その声は、誰かに向けた祈りのようでもあり、自分自身を励ますささやきのようでもあった。


「うん。そう思える日が来るよ。」

 私がそう返すと、彼女はもう一度だけ深く息を吸い、足を前へ運んだ。


 青い布が揺れ、石畳に落ちる影が重なる。

 その重なった影を踏みしめながら、私たちは寮へ向かって歩き出した。


 これから始まる日々の気配が、胸の奥で静かに形を結びつつあった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ