約束した”未来”
「日本動物園でゆめの赤ちゃんが生まれました。名前は・・」
2025年3月1日、僕が14歳のとき、
父さんが運営している日本動物園で オラウータンの赤ちゃんが生まれた。
名前は「オタ」と言うらしい。
今は僕一人の家に響くテレビの音。それとともに脳裏を巡った”幼い”僕と父さんとの会話。
僕と父さんは、まともに会話という会話をしたことがなかった。
一言で言ってしまえば、赤の他人のような感じ。
今となっては会うことも少なかった。
でも、父さんは大好きだ。
そんなことを考えているうちに学校に遅刻寸前であろう時刻になっていた。
気がついた僕はバックを背負い、家を飛び出した。
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「キーンコーンカーンコーン」
6時間目の授業が終わった。
立ち上がった瞬間、
足先から頭まで全身から解放された喜びが込みあがってくる。
そうしているうちに、佐々木くん達から話しかけられた。
「お前の父親って、殺人事件を起こした中井かいとだよな?」
佐々木くん達は笑いながらこう言ってきた。僕はなんとも言えなかった。
まだ決まったわけでもないのに。
「みんなー!、こいつの父親は殺人鬼だぞ!」
佐々木くん達は、またも気色悪い笑い声をあげて大声で言った。
周りからはゾッとするような冷たい視線が向けられ、ひそひそ話が聞こえてきた。
僕はただただ悔しかった。目の前に父さんを馬鹿にする奴がいるのに。
やり返す勇気が僕にはなかった。
友達という味方が少ない僕にはなかった。
僕のぺらっぺらな心はズタズタだった。
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「いただきます」
父さんが作り置きしてくれた夜ご飯を食べる。
僕には母さんはいない。
交通事故にあってしまったから。
「こいつの父親は…」佐々木くん達のことがまたもや頭をよぎった。
まだ容疑者なだけなのに。
考えているうちに涙がこぼれそうになる。
父さんは仕事で忙しかったし、一緒に出掛けたことも少なかったけど、
僕のことを愛して育ててくれたのだと思う。
ご飯だって欠かさずに作り置きしてくれる。
仕事をしているのも僕を不安にさせないためだ。
違う場所で生活しているのも僕に怖い思いをさせないためだ。
僕の父さんは優しくて大好きだ。
だからこそ殺人事件なんか起こしていない。
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4月2日土曜日、父さんが裁判をすることになった。
容疑者であった父さんが被告人となってしまった。
テレビで報じられていた。
ふと机に目をやると、手紙があった。
「ひろと、本当にごめんなさい。一緒にどこかで楽しいことも、一緒にご飯を食べることもあまりできなかった。一人にさせて、つらい思いさせて本当にごめんなさい。」
気がつくと手元は涙でいっぱいだった。
僕は知っている。
この事件が起こって父さんは信頼を失ってしまって、
動物園スタッフ全員が仕事を辞めた。
父さんは、放棄された動物たちのお世話を一人でしていた。一人で。
だからこそ会えなかった。
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裁判当日の早朝、この日も父さんは動物園で動物たちの世話をしていた。
「ひろと?ひろとなのか?」
気づかれてしまった。
「そうだよ。」
父さんは涙を流していた。
「今まで本当にごめん。もう会えないと思ったから本当にうれしいよ。
一人にしてごめんな。」
僕も涙を流した。
「ひろとはなにも心配しなくていい。向こうで元気でいてくれ。
動物たちのことも心配しなくていい。」
父さんの目には悔いがなかった。
「あきらめないでよ。僕は信じてるから。
あと、昔の・・・。」
「頑張るよ。」
僕と父さんはまたも涙でいっぱいだった。
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「日本動物園でオタの赤ちゃんが生まれました。名前は・・」
2035年4月2日、オタの赤ちゃんが生まれた。
僕は24歳となった。
園内は大勢のお客様で溢れかえり、メディアの取材も殺到している。
スマホを見てみれば、ふと「4月2日」の文字が目に入り、
僕はあの頃を思い出していた。
「ひろと、どうした?」
ずっと変わらない優しい声。
「昔のこと思い出して。」
「そうか、今日だったな。ひろとが昔の”約束”言い出して、
中学校卒業したら仕事手伝うとか言い出して、お母さんとそっくりだったよ。あの眼差しは。」
僕が言った昔の”約束”。それはお母さんが生きているときにしたものだ。
「おとうさんは、なんでどうぶつえんつくったの?」
「それはね、世界中のみんなを笑顔にするためよ。」
「それじゃあ、ぼくは、・・。」
「本当にいいの?」
「うん。」
僕が約束した”未来”。それは、
「とうさんのどうぶつえんをまもるね。」
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