3 森の中に眠る家。
サイとエメルが旅を始めてから、数日が経った。
どうやら、この旅は思っていた以上にハードだったようだ。
というのも、エメルの戦闘能力は、ほぼ皆無だったからだ。
サイを襲ったときも、本気で傷つけるつもりはなかったらしい。
そもそも、エメルの変身は「見た目」だけで、攻撃力や硬さが変わるわけではない。だから、狼に変身して突進してもダメージはほとんど与えられないのだ。
出会った人間を驚かせて、スライムに戻って逃げる――そういったイタズラを繰り返していたらしい。
要するにイタズラずきである。
とはいえ、一度見たものには自由に変身できるという特性は便利だった。
魔物と出会ったときには、上位魔物に変身して威圧すれば、たいていは逃げていく。
・・・たいていは、である。
中には、怖いもの知らずや自信満々な魔物もいて、そんな相手には変身が通用しない。
そして今も――
「『!』」
茂みがガサガサと揺れ、そこから巨大な猪――グランボアが現れた。
「ガウガウ!」
エメルは狼に変身し、威嚇する。
「シューッ!!」
だが、グランボアはまったくひるまず、むしろ威嚇し返してきた。
『ちっ、またかよ!』
エメルはスライムの姿に戻ると、サイのもとへ飛び込んだ。
「エメル!」
サイはエメルを抱きかかえ、そのまま近くの木へ駆け上がる。
必死に登る――登る――そして、なんとか逃げ切った。
今回も、なんとか助かった。
『毎回思うけどすげーよな、お前。よくあんなスピードで木に登れんな』
「ふふっ。隠れてよく登ってたから、得意なのよ」
王宮では木登りは禁止されていたから、サイはよく使用人に隠れて練習していた。
今、その経験がこんな形で役に立っているとは、当時は思いもしなかったが・・
「でもやっぱり、ドレスだと動きにくいわね・・・これじゃ街にも入れないし」
この豪華なドレスは、どう見ても王族のものだった。
宝石が散りばめられ、布も上質。しかも、泥であちこち汚れている。
訳ありなのは、一目瞭然だった。
「はあ、どうしよう・・・」
街には行きたい。干し肉のような保存食は必要だ。そもそも他の旅人と出会う可能性もある。
でも、今の姿では目立ちすぎてしまう。
そもそもこんな少女が一人旅をしているだけで、十分訳ありなのだけれど。
『ん? なんだ、あれ?』
エメルがふと、何かを見つけたようにサイの腕から飛び降りた。
サイもその方向に視線を向ける。
森の奥に、小さな家があった。
「・・・あんなところに家? でも・・・最近使われた感じはしないわね」
屋根には草が生え、壁は風化し、蔦が絡んでいた。
人が住んでいる気配はない。
『行ってみようぜ! 古着とか残ってたらラッキーだろ!』
「・・・え、それって・・いいのかな?」
法律的にはダメだと思う。でも、今は時間がない。
サイたちは家へと足を運ぶ。
「・・だっ、だれかいますか・・・?」
扉の前でサイが小さく声をかけるが、エメルは気にせず中へ飛び込んでいく。
「ちょ、ちょっと!」
『ったく、住んでるかどうかぐらい見ればわかるだろ』
部屋の中は片づけられており、家具も少ない。それに生活の痕跡はほとんどない。
「・・・うーん、なんか泥棒してるみたい」
『バレなきゃいいんだよ!』
サイはまだ少し気が引けている様子だったが、恐る恐る中へ入った。
部屋に入ると沢山の写真が飾られているのが見えた。
サイと同歳くらいの少年とおばあさんが、笑顔で並んで写っている。
「・・・」
他の写真も何枚かあったが、少年が写っているのは3枚だけで、しかもすべて同じ年頃のものだ。
他の写真では、おばあさんの笑顔がどこか悲しげだった。
まるで、何かを失った人の笑顔みたいに――
きっとこの少年はこの世にもういないのだろう。
家の裏手には、小さな石が積まれていた。
きっと、それが墓なのだ。
「・・・私もあんな風に・・」
『おーい! よさそうな古着あったぜ! ?どうしたんだ?』
部屋を一通りみてきたのだろう。エメルが元気な声で戻ってきた。
そして、じっと動かないサイを見て、不思議そうに首(?)をかしげる。
「・・・ううん、なんでもないよ」
サイはそっと微笑んだ。
その目には、少しだけ涙と――ほんの少しの、羨ましさが浮かんでいた。