表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/9

2 仲間と名前

「・・・え?」


サラフィーナは思わず目をこすった。


たしかに、狼だったはず。

灰色の毛に鋭い牙、ものすごいスピードで向かってきたはずなのに――


今、目の前でぷるぷると震えているのは、まるで宝石のように透き通ったエメラルドグリーンのスライムだった。


「え・・・あ、あなた、もしかして・・・さっきの狼・・・?」


スライムは無言のままぴょんと跳ね、体をくるくると回転させる。まるで「当たり前だろ?」とでも言っているようだった。


「へ、変身・・・? そ、そんなスライム、聞いたことない!」


そのとき、王宮の書庫で読んだ古文書の一節がふと脳裏をよぎった。


――幻の魔物、バレケットスライム。見る者によって姿を変え、真の姿を知ることは稀。限られた者のみがその姿を目にできる――


「もしかして、あなた・・・バレケットスライムなの?」


スライムはピクリと震え、誇らしげに胸(?)を張った。


『・・・ああ。そう呼ばれたこともあったな』


「しゃ、喋った!? しかも・・・男の人の声!?」


《俺は喋れるスライムだ。つーか、さっきからぺちゃくちゃうるせえな。そんなにビビんなよ》


「び、ビビってなんていませんわ!・・・ちょっと驚いただけだから!」


スライムはぷるん、と笑うように身体を揺らした。


『ふーん。で、お前、なんでこんな森ん中にいるんだ?」


その問いに、サラフィーナの表情が一瞬だけ陰る。


それは“王族だから”か、“まだ小さな少女だから”か。

いや、きっと、どちらもだろう。


「・・・誰にも言わない?」


サラフィーナの声はかすかに震えていた。

もし正体が王女だと知れたら追ってが来るかもしれない。


『・・・誰に言うんだよ?』


「ふっ・・・ふふ。それもそうね」


スライムの言葉に少し笑ってから、サラフィーナはすべてを話した。




『・・・ふーん。人間も大変なんだな。・・・で、これからどうすんの?』


「この国を出るわ。もう、私の居場所はここにはないもの。・・・たぶん、すぐに追っ手がくる。そうなったら、きっとこの国では生きられないから」


そう言って、サラフィーナは涙をぬぐう。話しているうちに、少しだけ泣いてしまった。


けれど、表情はどこか晴れやかだった。

スライムに打ち明けたことで、少しだけ気が軽くなったのだ。


「話を聞いてくれてありがとう。・・・私、頑張ってみるわ!」


スライムはぴょん、と小さく跳ねて、くるっと一回転する。


『・・・よし、決めた!俺も一緒に行ってやるよ。旅ってやつ。なんか面白そうだし!』


「え!? い、いいの? あなたにも、やることがあるんじゃ・・・?」


サラフィーナにとっては、願ってもない話だった。たとえスライムでも、誰かが一緒にいてくれるのは心強い。


『いいの、いいの! 俺らは人間と違って長生きだしな。それよりさーさっきから堅苦しいんだよ! 一緒に旅するんだから、もっと気楽にしろよ!』


「え?」


『それに、お前さ“お嬢様口調”と“お嬢さん口調のしゃべり”が混ざってんぞ?』


サラフィーナははっと目を見開いた。

そう言われてみれば、確かにそうだった。


「・・・え・・」


サラフィーナは顔を赤くして、恥ずかしそうに下を向く。


気をつけてるつもりだったんだけど・・家庭教師によく怒られてたのよね。


それはここ最近のことなのだが、サラフィーナにはずいぶんと前に思た。


『はは!まっ!それはそれで面白いけどな!』


スライムはサラフィーナの反応を見てか、そう笑うように言った。彼なりの気遣いなのかもしれない。


「もう!まずはあなたの名前を決めなきゃなんだから!」


『名前?』


「そう。“スライムさん”じゃおかしいでしょ?」


スライムはなるほどと頷き、そして・・


『じゃあさ、俺がお前の名前を決めてやるよ』


「えっ!?」


サラフィーナはびっくりするが、すぐに納得する。

元王女としての名前はどこかで知られているかもしれない。ならば、ここで名前を変えるのは悪くない。


「・・そうね。うん。お願いするわ」


ふたりはしばらく黙って考え込んだ。


サラフィーナはじっとスライムを見つめる。

透き通った、エメラルドグリーンの身体。まるで宝石のようなその姿に、ふと閃く。


「エメル・・・エメルなんてどう? エメラルドグリーンの体がとっても綺麗だから!・・いや・・かな?」


サラフィーナは恐る恐るそう問いかける。


『エメルか。・・・悪くねーな! よし、それでいこう!』


エメルの返事に、サラフィーナは安心したように微笑む。


「じゃあ、次は・・・エメルが私の名前、決めて?」


サラフィーナはキラキラとした目で、エメルを見つめる。


『そっ・・・そうだな・・・』


エメルはサラフィーナの期待の眼差しに怯みながらもしばらく考え、ふと、サラフィーナの顔をみる。金髪の髪と澄んだ青い瞳が綺麗に光る。

ふとエメルはぽつりとそう言った。


『・・・“サファイア”なんてどうだ?』


「・・・」


さすがにそれはサラフィーナも抵抗があった。

いくらなんでもキラキラすぎる。


「ごめん、エメル。できれば他のがいいかも・・・」


『なんでだ?』


「えーエメルだって、“エメラルド”なんて名前、いやでしょ!」


『う・・・わかったよ』


少し考え込んだ後、エメルは再びぽつりとつぶやいた。


『・・・“サファイア”からとって”サイ”なんて・・・どうだ?』


「サイ・・・! うん! いいね! それにする!」


今度は心から気に入ったように、サラフィーナ改めサイは大きく頷いた。


『なら、決まりだな!』


そうして、名を新たにしたふたりは、森の奥へと歩き出した。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ