熱血氷河期ファイト! 〜武勇伝は終わらない〜
社会人の飲み会が、どうにも苦手だ。
いや、俺たちの秘密基地で集まるあれは「飲み会」じゃない。
趣味の集い、そう、アジト的なやつだ。
でもいわゆる“社会の飲み会”ってやつは……違う。全然、違う。
なんでかって?
それは、“おじさんの英雄譚”を聞かされるからだ。
「俺が若かった頃はな〜」
「高校のときは、マジで無敵だったからな〜」
「中学の頃はもう、完全にワルだったわ〜」
……はいはい、すごいすごい。
そんな彼らの語る“過去の自分語り”に、俺はただ笑って相づちを打つだけの存在になる。
正直、俺の学生時代なんて、大した事件も起きなかった。
波もなければ、伝説もない。
あるのは、初恋と、ちょっと切ない失恋の思い出くらい。
でも彼らは違う。
「中学の先輩が××の構成員でさ〜」
「高校のダチが暴走族のヘッドでさ〜」
……それ、あなたじゃなくて友達の話じゃん?
もはや伝説の語り手すら他人頼み。
「マジっすか、やばいっすね」
「それは……すごいっすね」
そんな無味無臭なリアクションを繰り返す俺。
もはや自動応答AIのような返事しか出てこない。
――こうして、俺にとっての“社会的飲み会”は、
過去の栄光に驚愕し続ける、ただの苦行となるのだった。
「あ〜、わかるわかる、それ超わかる」
──16ビットの集いの日。
俺たちは、もはや定番になった銭湯のサウナの中。
額から汗を滴らせながら、タカさんが深く共感してくれた。
「俺の業界、まぁヤンチャな人が多くてさ。過去の武勇伝が止まらないのよ」
「だよね。不動産関係ってそういうイメージあるわ」
くがっちが、サウナハットをかぶって、すっかり“サウナー”スタイルでうなずく。
「むしろさ、その“ヤバい友達”だったってパターンも多いし。
誰とケンカしただの、どれだけ偉かっただの、延々と自慢話が続くのよ。毎回、同じネタで」
「そうそう、俺も飲みに行くと、毎回そのループだよ」
「もはや、あいつら過去にしか生きてないんだと思う」
くがっちが、浴室用メガネをクイッと持ち上げながら、ちょっと鼻で笑う。
「しかもさ、残る話題ってゴルフと女の話だけなんだよ。うんざりする」
「わかる。俺なんて、部活しかしてなかったしな……恋と、ちょっとした失恋くらいだよ」
タカさんが天井を見上げながら、汗を拭う。
「……ていうか、恋については、思い出したくもないけどな」
どうやら、彼の脳裏に何かがよみがえったらしい。
「うん、俺も。恋と失恋、それしかないけど……やっぱ思い出したくないわ」
「二人とも、甘酸っぱいな〜。俺なんて、失恋はなかったぜ」
くがっちがちょっと得意げに笑う。
確かに背も高いし、顔立ちも悪くない。モテそう。
「……でも、流されるままの恋ばっかだったからな。
付き合ってきたの、だいたいゴリラみたいな、威圧系の女ばっかだったわ」
「それ、完全に黒歴史だろ」
「いやほんと、それ黒歴史そのものだわ」
タカさんと俺は同時にツッコミを入れた。
「うっ……そう言われると、俺も思い出したくなくなってきたかも……」
「いいんだよ、俺たちは“今”に生きてる」
「そうそう。過去は腹の中にしまっといて、今を楽しもうぜ」
そんなことを言いながら、俺たちはのそのそと立ち上がって、水風呂へと向かった。
今日も、16ビットの熱気と冷たさが、俺たちをほどよく包んでくれるのだった。
夕方、スーパーの袋をぶら下げながら、俺はふと思った。
「てかさ、あんなに“昔は強かった”って自慢するなら、なんでプロ行かなかったんだろうな」
「ほんとそれな」
くがっちが肩をすくめる。
「そんなに腕あるなら、格闘技の歴史に名前くらい刻んでてもおかしくないよな」
「プロの目に絶対止まるだろ。スカウトされててもおかしくない」
「今頃“伝説のストリートモンスター”とかってテレビに出ててもいいくらいなのに」
ツッコミが滔々と出てくる。
本当はずっと思ってたことが、今日になってようやく言葉になった。
「……ああ、そうか。俺たちがずっとモヤモヤしてたのって、そこだったんだな」
タカさんが一人で納得したようにポンと手を打つ。
「俺もさ、高校時代は部活ガッツリやってたけどさ。才能なんて全然なくて。ギリギリでレギュラー入れたくらいだったし。
でも、それでも部のエースストライカーですらプロには届かなかったよ」
「え、タカさんサッカー部だったんだ?」
「いや、そこどうでもいいからな?」
やっぱり、プロの壁ってのは、こっちが想像するよりずっと分厚いらしい。
「……俺、そこまで真剣に打ち込んだことなかったから、ちょっと羨ましくもあるな」
気づいたら、そんなことをポツリと口にしていた。
「でもさ、人に迷惑かけてないってだけで、十分に誇れると思うぜ」
タカさんが、ビニール袋をぶんっと軽く振りながら言う。
「そうそう。プロの世界なんて行っちゃったら、のんびりサウナも秘密基地も楽しめないしね」
「……あれ?俺、慰められてる?」
三人で苦笑いしながら、俺たちはいつもの場所──秘密基地へと向かった。
今夜もまた、16ビットの夜がゆっくり始まろうとしていた。
「さて、今日は何やる?」
いつもの秘密基地。ゲーム棚の前で三人して腕を組みながら、今日のメインを物色していた。
「『熱血硬派くにおくん』ってあったな」
「こっちは…『新・熱血硬派くにおたちの挽歌』か」
どちらも、リーゼントに学ラン、そしてパンチの応酬。
昭和のヤンキーが街を闊歩しては、喧嘩上等で暴れまわるアクションゲームだ。
「当時の中高生って、こんな感じだったのかな……?」
画面の中で飛び交うケンカと気合いを見ながら、ふと職場の上司たちの姿が頭をよぎった。
「……うん、キツいわ」
「うん、これはちょっとやめとこう。俺たちには合わなそう」
どうしても、得意先の“あの人”とか、部長の“昔ヤンチャだった自慢”が脳内に浮かんでしまい、
そっとパッケージを棚の奥にしまった。
そのとき、タカさんがにやっと笑って一本のカセットを取り出した。
「でも、こういうのならどうよ?」
見せてきたのは――『ファイナルファイト2』。
『ファイナルファイト2』。
スーパーファミコンで発売された、ベルトスクロール型のアクションゲーム。
プレイヤーは主人公であるマキ、前作から続投のハガー、そして義侠心から助太刀を買って出たカルロスの3人を操作して、誘拐されたキャラクターを救出するために、街中のギャングどもをバッタバッタと倒していく。
爽快感重視で、適度な難易度。そしてなにより、“無心でボタン連打”ができる、ストレス発散にぴったりの一本だ。
「ここまで非現実だと、なんかいけそうだな」
「うん、荒くれどもをぶちのめすの、気持ちよさそう」
「てか、この雑魚キャラ…ムカつく上司に似てる」
「わかる。あの薄笑いと、横柄な歩き方とかムカつく上司にいそう」
「うわ、もうそれにしか見えない。やるしかねぇ」
満場一致で、今日のゲームは『ファイナルファイト2』に決定!
こうして、俺たちの“レトロだけど最新の夜”が、またひとつ始まった。
「じゃ、最初は俺が行くわ」
そう言ってコントローラーを手に取ったのはタカさん。
選んだキャラは、スーツの上からでも分かる筋肉モリモリ市長――ハガー。
「またパワー系かよ!」
思わず俺とくがっちが揃って突っ込む。
「いやいや、市長だぞ? こんな市長いねぇけど、市長だぞ?」
「だとしても、いかにも『攻撃力はあるけど動き遅いです』ってタイプやん…」
「おまけに投げがメインでテクニカルだしな〜。いつも使い慣れたスピード系にしとけって」
くがっちの的確なツッコミにも、タカさんは「いや、これは漢のロマン」とどこ吹く風。
「じゃ、俺はマキにするわ。見た目もかっこいいし、動きも軽いし」
「お、バランス型でいいじゃん。武器も扱いやすいしな」
コントローラーを構えて、二人プレイが始まった。
最初のステージ。
地下鉄のホームに不気味なギャングたちが現れ、ゲーム開始早々から四方八方から殴りかかってくる。
「え、ちょっ…囲まれすぎじゃね?」
「うおお、なんで後ろからも来るんだよ!?」
ハガーを操るタカさん、巨体を活かすどころか、敵の波に揉まれてフルボッコ。
「だから言ったじゃん、投げるの難しいって!」
「うっせー! 投げたいんだよ、俺は!」
対して俺はマキで華麗に飛び回りたいところだったが、操作感にまだ慣れず、ついつい連打でごり押しモードに突入。
「だめだ、地味に体力削られてく…!」
「ほら! こういうときはこっちに敵を誘導して、投げる! 投げて距離とる!」
画面を見ながらくがっちが戦術アドバイス。
「おっしゃ、今だ! くらえ、市長ラリアット!」
「おお! 決まった!」
慣れてきたのか、敵をまとめて吹き飛ばす爽快な攻撃が決まり始め、だんだんとテンポもよくなってくる。
「……あー、なんかこの雑魚キャラ、マジで部長に見えてきた」
「そっちは取引先の部長じゃん。こっちは隣の部署の課長っぽいわ」
「いっけええええ、マキのハイキックっ!!」
二人で笑いながら、どこかに溜まっていたモヤモヤを一気にぶっ飛ばすように、ボタンを連打しまくる。
「やばい、気持ちいい……!」
「これだよ、これ。これが正しい発散のかたち」
そんな感じで、俺たちの“戦いの夜”は気持ちよく幕を開けたのだった。
「じゃ、今度は俺がハガーやってみるか」
コントローラーを受け取りながらそう言うと、くがっちは強制的にマキ。
「よし、俺たちでこの街を浄化するぞ」
と、なんだか正義のヒーロー的なセリフを口にする。
ステージが進むにつれて、俺たちの動きは明らかに滑らかになっていた。
「おっけ、俺が投げて足止めするから、その間に裏取って!」
「了解、横からハイキック叩き込む!」
雑魚キャラを画面の端へ誘導して、タコ殴り→投げ→ジャンプキックの黄金パターン。
「なんか…いい感じにハマってきたな」
「このサイクル、仕事でも活かせそうだな」
「それは無理」
一瞬真顔で言われて、軽く笑いが起きる。
だけどその笑顔の中、ちょっと気になる光景があった。
「おらおらおら、てめーどこの部署のもんだコラァ!」
くがっちがコントローラーを操作しながら、ちょっと口調が荒ぶってる。
しかも、マキのハイキックがやたらと正確に雑魚キャラの顔面にヒットしまくってる。
「……くがっち、大丈夫? チューハイ飲む?」
「お、ありがと。いいタイミングで助かるわ〜」
タカさんが冷蔵庫から取り出したチューハイを手渡してくれて、くがっちは一瞬で正気を取り戻した(ように見えた)。
でもそのあとも、敵に囲まれた瞬間には
「ゴリラ部長と、その腰巾着どもめ!」
とか呟きながら連打してたので、根は深いのかもしれない。
ゲームは順調……かと思いきや、だんだんと敵の数も動きも理不尽になってきた。
「おい、なんだよこいつ、こっちの攻撃スルーしてくるじゃん!」
「ジャンプキック当たっても怯まねぇ!? 昔のゲーム、ほんと遠慮ねぇな!」
「うわ、こっちも体力半分持ってかれた! え、これ雑魚でしょ!?」
スーファミ特有の“パターンを覚えないと死ぬ”やつだ。俺たちはゲームの洗礼を全身で受けていた。
「昔のゲームってさ、シンプルに見えてさ…理不尽なパワーアップするよな」
俺がぽちぽちボタンを押しながら、しみじみ呟く。
「だな。でも、だからこそ燃えるんだろうな」
「単純だけど、奥が深い。攻略したくなるもんな」
最初は笑いながら遊んでいたのに、気づけば3人とも集中していて、無言になる場面も増えていた。
敵を倒すたびに、ちょっとずつ進む画面。
気持ちいい効果音と、パンチ一発で吹っ飛ぶ爽快感。
シンプルな操作性と、納得のいかないやられ方。
どれも今のゲームにはない味。
「やっぱレトロゲームって、ええな」
「おっさんの口癖になってるぞ、それ」
「言ってて自覚ある。でも、ええなこれ」
スーファミとチューハイと、俺たち。
ファイナルファイトの熱い夜は、続いていた。
朝。
いつもの牛丼屋で、いつもの朝定。
赤だしの味噌汁の湯気が、寝ぼけた頭に心地いい。
「考えてみればさ……俺たちみたいに、20代の思い出って、上司たちにはないのかな」
ご飯をかきこみながら、そんなことをぽつりと呟いた。
「……ああ、確かに。聞いたことないかもな、上司の20代」
隣で納豆をかき混ぜていたタカさんが、箸を止めて相槌を打つ。
「バブルが弾けた直後だったんだろ、あの世代」
と、くがっちがスマホも見ずに語り出す。
「なんかさ、100社受けてもどこも受からなかったとか、普通だったらしいよ」
「やべぇ世界じゃん、それ」
「そんで、その後はひたすら無心で働いて……生き残った人だけが出世して、上司になってるとか」
それは確かに、過酷だ。
朝の牛丼屋の、いつもよりちょっと濃いめの味噌汁が、やけに沁みる。
「だからこそ、学生時代のキラキラした話だけで、生きてるのかもな」
くがっちのその一言に、タカさんが箸を止めて静かに頷く。
「なるほどな。そういう背景があると、ちょっとだけ、見方が変わるな」
「……うん。ちょっと、上司に同情してきたかも」
でもそのあとすぐに、俺たちは顔を見合わせて言う。
「……でも、昔話は懲り懲りだけどな」
「そっちはそっち、これはこれ。俺たちは今を生きる!」
「次の飲み会、話題の方向転換考えとこうぜ」
「例えば……“推しの話”とか振ってみたら?」
「いや、それはそれで地獄になるかもしれん」
「“おすすめの銭湯”とか?」
「それだ!」
うん、俺たちには俺たちのやり方がある。
そんな話をしながら、最後のひと口を流し込み、立ち上がる。
牛丼屋を出ると、朝の光が少しだけまぶしく感じた。
今回の16ビットの会は、いつもよりほんの少しだけ、考える時間が多かった。
けれど、なんとなく優しい気持ちで締めくくられたのだった。