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ぷよぷよボディと歩道橋の戦い

 最近、どうも体が重い気がしていた。

 動いてないな〜って、ふと思ったのだ。


 運動と呼べるものは特になく、通勤すら最短距離で済ませる日々。エレベーターにエスカレーター、徒歩5分で文句を言い、そりゃあ体もぷよぷよしてくるってもんだ。


 俺はふと、自分のお腹をつまんでみる。

 ぷにゅ。うん、予想以上にぷにゅ。


「……これは、ちょっとまずいかもしれない」


 そう思い立って、帰り道――

 一駅手前で電車を降りてみた。ほんの小さな決意。だが、俺にとっては大きな一歩。


 気合いを入れて歩き出す。目の前には誘惑の数々、焼きたてパンの香り、お惣菜屋のタイムセール、炊き立てご飯の匂いが鼻先をかすめる。


「くっ……敵は多い……」


 それでも俺は歩いた。小さな歩幅で、ちょっと早歩きで。汗ばんできたシャツに、確かに感じる重力の存在。


 そして、俺の最大の敵は、予想外の形で現れた。


 ――歩道橋。


 そのとき俺は気づいた。登り始めてすぐに心拍数がバク上がりしている。まるでステージボスでも現れたかのようなテンションだ。


「ぜぇ……はぁ……なにこれ……階段って、こんなにキツかったっけ?」


 かつては一段飛ばしで駆け上がっていたあの歩道橋が、今はもう壁にしか見えない。


 俺はその場で、静かに誓った。

「このままじゃマズい……せめてこのぷよぷよだけでも……」


 歩道橋の頂上から見下ろす夜の街は、やけにきらきらして見えた。

 俺はひとまず、晩メシを少し控えめにしようと、そう思ったのだった。



 そんなことをSNSで二人に相談してみた。


 みやっち:

 ほんとやばい歩道橋

 階段のくせにラスボスみたいだった…


 くがっち:

 何そのキャッチコピーw

「歩道橋、今日も俺を拒む」って本出せそう


 タカさん:

 てか腹やばいのわかるわ

 この前車乗ったとき、ベルト上に肉乗っててショックだった


 みやっち:

 座ったときに腹が二段になるときあるよね…


 くがっち:

 最近動いてないしなぁ

 ちょっと軽く運動でもするか


 タカさん:

 駅前のジム、体験できるらしいよ

 安いし、ガチ勢少なめっぽい


 みやっち:

 お、行ってみるか

 どうせなら3人で体験してみようぜ


 くがっち:

 昼から軽く動いて、風呂入って、

 で、夜は…やっぱいつものコースじゃね?


 タカさん:

 それそれ

 健康と趣味、両立コース!


 みやっち:

 よし、決定

 16ビット健康部、今週土曜発足!


 ということで、即席健康部、爆誕!



「着替えはそこの扉へお入りください」


 駅前のジム。設備はそこそこ、値段はお手頃、何より受付のお姉さんがちょっと綺麗だ。

 その事実だけで、三人のテンションは微妙に高めだった。


「いやー、意外とキレイだなこのジム」

「だよな。あのお姉さんもさ、ちょっと芸能人っぽいよね」

「わかる。なんかドラマの2話くらいで出てくるやつ」

「それな」


 などと、どうでもいい会話で緊張をほぐしつつ、更衣室でジャージに着替える。


「よし…いくぞ、16ビット健康部、初陣!」


 ストレッチエリア。まずは体を温めようということで、ランニングマシンに乗ってみる。


「……ん?思ってたより……足が、重い」


 タカさんが汗をかき始めたのは開始5分。

 くがっちは黙々と走りながら、ちょっとずつペースを上げていくが、明らかに息が荒い。

 俺はというと、鏡に映る自分の肩の動きにショックを受けていた。


(なんでだ。全然滑らかじゃない。俺、ロボみたいじゃん…)


 だが、ここでやめる選択肢など三人の中にない。


「これ、ちょっと負荷上げてもいける気がする」

 タカさんがそう言ってマシンの傾斜を上げた。


「俺もじゃあ…筋トレゾーン行くわ」

 くがっちは胸を張ってベンチプレスへ向かう。


「ちょっと俺もバイク行くわ、脂肪燃やす」


 誰もが、自分が思ってたより動けない現実に気づきながら、なぜか負けん気で余計な負荷をかけ始めるという悪手を選んだ。

 結果——


「うぉぉおっ、足が…ッ!」

「腕プルプルしてる、やばい、バーベルが落ちる」

「汗、止まらん。これ溶けてんじゃない?俺の意志力」


 三人とも、まるで日常の中で心の奥に眠っていた“ムダな青春力”を叩き起こされたかのように、無理して、へとへとになった。

 見栄と意地と男の意地、そして受付のお姉さんの笑顔。それだけで人はここまで頑張れるのだろうか。


「……なぁ、みんな」

「……ん?」

「今日、これだけで夜まで寝れそうだな」

「異議なし」


 ──でも、この後にまだ銭湯とゲームがあるのだ。

 彼らの戦いは、まだ始まったばかりだった。



 俺たちは、慣れない運動でボロボロになった体をなんとか引きずりながら、駅近くの銭湯へとたどり着いた。


 ドアをくぐった瞬間に広がる湯けむりの香り。

 この世に銭湯という文化を遺してくれたすべての人に感謝したくなる。


 脱衣所でTシャツを脱ぐと、みんな口をそろえて言った。


「お前、思ったよりガチで汗かいてんな」

「お互い様な」

「ジャージの中、サウナだったよな…」


 そして、いざ本番。

 熱気でむせ返るようなサウナ室に突入。


「……ぅあぁあ……」

「熱っつ……でも……これは……」

「……くるな……」


 じわじわと身体に染み込むような熱が、筋肉痛の前兆と精神疲労を同時に溶かしていく。

 そして、無言の時間が訪れる。

 たまらず、タカさんがぽつりと言った。


「俺たち、充実してるな」

「充実してる」

「決まってるわ」

「うん、相当チルい」

「チルってこういうことだな」

「俺たち、週1ジム&銭湯コースありじゃね?」

「むしろ“健康的インドア”を極めようぜ」


 気づけば、どうでもいい話をしながら、ゆるゆると水風呂へ。

 そして整い、いつもの“秘密基地”へと帰還する。


 筋肉痛とちょっとした疲労感。

 でもその奥に確かにある、「なんかいい日だった感」。

 それが、ぬるくて優しい夜の入口にあった。



「本日のゲームは、これっ!」


 タカさんがドヤ顔で取り出したのは、スーファミソフトの名作――

『す〜ぱ〜ぷよぷよ通』!


 あの名作落ち物パズルゲームの第二弾。

 連鎖を決めれば、相手におじゃまぷよがドカンと降ってくる。

 前作に比べてテンポがよく、相殺システムの追加で読み合いもアツい。

 なにより、キャラ同士の掛け合いがテンション高くてクセになる!


「今日はこれで、CPUも入れて4人対戦だ!」


「よっしゃ。たまにはパズル脳で勝負か〜」

「でもさ、これ……画面、ちっさくない?」

「……確かに。ぷよが潰れて見えるな」

「けど……なんかこの、ちょっと不便な感じが……」


「……クセになるわ」


 不便すらも、味。

 昔のゲーム特有の“ぎゅうぎゅう感”が、逆に楽しい。


 そして、何戦目かのリスタート。

「くがっちの全消し、天才すぎてマジでやめてほしい」

「タカさん、2連鎖で満足してちゃ勝てないって」

「いや、見て? 俺のこの三列目、完全に詰んでんのよ」


 笑い声とぷよが落ちる音が交互に響く、夜の秘密基地。


 飲み物は、今日はビールじゃなくてヘルシー系の酎ハイに変更。

「グレフルうまっ」「やっぱレモン最強」「ウメは正義」とそれぞれの好みを語りながら、プレイは止まらない。


 深夜に向かってぷよは降り続き――。

 そして、気づけばCPUだけがやたら強くなってるのはお約束。


 CPUが強い。異様に強い。


「なんでコイツ、連鎖とか平気でしてくんの!?」

「昔のゲームは容赦ねぇ」

「CPUだけに空気読まねぇ…!」


 俺たち三人は、ぷよぷよ通の“CPUだけやたら勝つ現象”に翻弄され続けていた。


「もう一回!次は俺がやる!」

「やり直しだ、勝つまで終わらん」

「CPUが勝ったらリセット、な」


 気づけば何度も何度も繰り返していて、時計の針はじわじわ深夜に近づいていた。


「……腹減ったな」


 沈黙を破ったタカさんの一言に、みんなが無言でうなずく。


「よし、飯にしようぜ」


 冷蔵庫の扉を開け、それぞれが取り出したのは――


『大盛りカルビ弁当』


 三人とも、ぴたっと動きを止める。

 目を合わせ、同時にため息。


「……俺たちは、欲望に勝てないのか」

「ま、まぁ。今日動いたしな」

「サウナも入ったし、筋肉の修復には肉が必要って言うし…」

「うん、これは体づくりの一環…!」


 言い訳を並べながら、箸を手に取り、カルビにかぶりつく。


「……うまっ」

「なんだこれ、正義か?」

「いやもう、6連鎖より感動してる自分がいる」


 乾杯の代わりに、そっと缶チューハイをカチンと合わせる。


 運動して、ゲームして、カルビ食って――

 なんてことない夜に、俺たちはちょっとした幸せを見つけるのだ。


 独身貴族三人の夜は、今日もゆるく、確かに進んでいく。



 翌朝。


「……いててて」

「マジで歩けない」

「笑っても痛いとかどういうこと?」


 三人そろって、まるで年寄りのような動き。


 ふくらはぎ、背中、二の腕、全部が悲鳴を上げていた。


「えー、こんなに使ってたの?」

「いやむしろ、普段どれだけ使ってないんだって話だろ」

「筋肉痛で日常生活に支障出てんの、俺たちくらいだぞ」


 その痛みのせいだとは言わない。

 言わないけれど――


「……スポーツクラブ、入会は……もうちょい先で」

「うん、気持ちが整ってからにしよう」

「とりあえず今は……無理だな」


 かくして、体験入会はただの“思い出”へと変わった。


 でも、サウナは良かった。

 秘密基地もやっぱり落ち着く。


 結局、残ったのはそのふたつだけ。


「俺たちのぷよも、連鎖で全部消えてくれたらなぁ」

「脂肪も“ダダダダン!”って消えねぇかな」

「ついでに仕事のストレスも消えてほしい」


 現実は、ぷよぷよみたいに簡単にはいかないけれど。

 それでも俺たちは、また秘密基地で集まるだろう。


 ――そんな、ちょっと情けなくて、でもやっぱり愛しい日常。

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