爆弾男たちの暑い夜
本日は、くがっちのお話。
沖縄出張中――
空港に降り立った瞬間から、むっとした熱気に包まれる。
東京の蒸し暑さとは違う、南国の匂いを感じる暑さだけど、それでも暑いもんは暑い。
リゾート気分なんて出るはずもなく、こっちはスーツで汗だくだ。
「かりゆしで仕事したいな……」
そんなぼやきも虚しく、クライアントとの打ち合わせへ。
…打ち合わせ?と言えるかどうかは怪しい。
雑談で1時間。やっと仕事の話に触れたかと思えば、また話が逸れる。
こちらが本題に戻そうとすると、笑顔でうまくかわされる。
なのに時間だけはしっかり管理されていて、さっくり終了。
(これ、終わる気がしないな……)
長期戦を覚悟しつつ、ため息をひとつ。
そんな中で唯一の救いは、夜に食べた沖縄そば。
豚の旨みが染みたあっさりスープが胃に沁みて、少し元気が戻ってきた。
夜風も気持ちいい。気分転換にふらっと散歩に出てみたら、ふと視界に入ってきたのは――
ブックオフ
「……なんか、ありそうな気がする」
旅先での偶然って、妙に期待してしまう。
その勘は当たった。
スーパーボンバーマン5 マルチタップセット 10,000円
そこに鎮座していたのは、懐かしさと共に、俺たちの夜のQOLを爆上げする逸品。
マルチタップに、なんとコントローラーまで揃っている。
状態も良い。価格も……まぁ、それなりにするけど。
心の中に、天使と悪魔が登場する。
天使「今買わなきゃ、もう出会えないかもよ?」
悪魔「バカ野郎、悩む暇があったらレジへ行け!」
――ということで、天使と悪魔の意見が奇跡の一致。即決購入。
俺たちの夜は、またひとつレベルアップした気がした。
スーパーボンバーマンで、誰が一番強いのか。
戦いの火蓋は、もうすぐ切って落とされる――!
一進一退の攻防を繰り広げた、あの地獄のような打ち合わせ――
なんとか、終えた。
本当に終わったのか?ってくらい内容は薄く、成果は見えず。
この仕事、利益率大丈夫なのか……?
そんな不安がふと頭をよぎる。
うちの会社、大丈夫か?俺、大丈夫か?
社会の歯車というより、いつ外れてもおかしくない部品みたいだ。
でも、まぁ、終わったものは終わった。
あとは、帰るだけ。
足取りも幾分軽く、那覇空港の土産店をふらふら物色。
「オリオンビールのTシャツ、三人で揃えるのもアリかもな」
そんなちょっとした悪ノリが浮かんでくるくらいには、気分も回復してきた。
ふと視界に飛び込んできたのが――
沖縄そばセット(三人前)
その瞬間、電流走る。
「これ、絶対ウケるやつじゃん…!」
スープ、麺、具材がちゃんと分かれてて、割と本格的なやつ。
インスタントじゃなくて、ちゃんと“作るやつ”。
それを見た瞬間、俺の中で何かが点火した。
俺たちの“キッチン”には、テーブルタイプの二口コンロがある。
湯を沸かすだけじゃない。これは料理できる環境だ。
「そうだよ、そろそろ俺たちも“湯を沸かすだけの人間”から卒業しないと」
決意は固まった。
麺を茹で、スープを丁寧に温め、器に盛って具材を綺麗に乗せる。
たったそれだけ。
だけど俺たちにとっては、確かな一歩。
「これは……料理への第一歩だ」
沖縄の思い出は、スーツの汗と、夜風と、そばの湯気の予感に包まれていた。
16ビットの日。
たっぷりのお土産と、あの伝説のソフトを携えて、俺は帰ってきた。
テーブルの上にはオリオンビールのTシャツ、ちんすこう、紅いもタルト、そして――
「沖縄土産たくさんだ!すげぇ!」
「出張ある人間は違うな〜」
目を輝かせるタカさんとみやっち。
「俺、沖縄行ったことないからな〜」
と、ぽつりとこぼすみやっちに、タカさんが笑いながら言う。
「そうなんだ?今度三人で行ってみる?」
「それもありかもね」
気の置けないこの三人で行くなら、あの暑さすらもきっと笑いに変えられる気がする。
そして、俺は満を持してカバンから取り出す。
スーパーボンバーマン5 マルチタップセット。
「おおっ……」
「これが……これが伝説の複数プレイ用マルチタップ……!」
二人が神々しいものを見るような目をする。
スーパーボンバーマン5――
シリーズ最終作にして、最大5人プレイが可能なスーファミの名作中の名作。
バトルモードのカスタム性が高く、アイテムも多彩。
ステージによってギミックが変わり、戦略も展開も常にスリリング。
「爆弾一個で友情が壊れる」なんて笑い話が、本気で起きるやつだ。
「今日の一本は、間違いなくコレだな」
準備は万端。コントローラーを握った瞬間、あの頃の手の感触がよみがえる。
爆風と笑い声が交差する、16ビットな夜が、今――始まる。
オリオンビールの缶を「カシュッ」と開ける音が重なり、乾杯の声が響いた。
「お疲れ〜!」「オリオン最高〜」「Tシャツ涼しいなこれ〜」
全員、胸に大きく「ORION BEER」と書かれたTシャツ。
沖縄帰りのお土産は、見事にこの夜のテーマを決めていた。
テーブルの上にはリモコン型マルチタップと、スーファミのコントローラーが3つ。
画面には、爆弾と爆風が飛び交うスーパーボンバーマン5の戦場。
「よし、初戦はガチで行くぜ」
「言ったな、手加減しねぇぞ」
「勝ったらもう一本な!」
みやっちが緑、タカさんが黒、くがっちが青ボン。
それぞれのキャラが爆弾を仕掛け、迷路のようなブロックを削っていく。
「うおっ、危ねっ!」
「おいみやっち、今のわざとだろ!」
「ちがうちがう、爆風読み間違えただけ!」
爆風が四方に広がり、パワーアップアイテムを巡る駆け引きが熱い。
タカさんが冷静に、しかし着実に爆弾を配置していく。
「タカさん、地味にやばくね?」
「やばいって思った時にはもう遅いんだよ」
くがっちがホッパーで逃げるが、角で詰まる。
「うわぁああ!くっそ!」
青ボン、爆散。画面の外から消える。
「よっしゃ、1対1だな」
「みやっち、逃げ道読まれてるぞー?」
「そんなわけ――あっ」
みやっち、爆風に巻き込まれ、緑ボン、退場。
「はいっ!いただきましたー!」
黒ボンがポーズを決める。
「タカさん、初戦勝利ッ!!」
「よし!これが不動産王じゃない、爆弾王の実力よ」
「ワンピじゃなくてボンピだな」
「それっぽくないけど強いのは確かだわ…」
「じゃ、一本追加で」
「冷蔵庫のオリオン、持ってきまーす!」
爆風の熱気とオリオンビールの冷たさがちょうどいい。
オリオンビール2本目を開けたところで、第二戦がスタート。
「さっきのは準備運動だ」
「そろそろタカさんの独走を止める時だな」
「組むか?」
「一時休戦、悪くない」
緑ボン(みやっち)と青ボン(くがっち)がアイコンタクト。
黒ボン(タカさん)は、開幕から不気味に静か。
「うわ、息ぴったりじゃん」
「“タカさん狩り”とでも名付けるか?」
「いや、“爆弾包囲網作戦”でいこう」
「名前はどうでもいいから、かかってこいや」
まるで将棋のように、左右からジリジリと攻め寄せる緑と青。
タカさん、通路を読み、ひたすらに逃げ道を確保。
「うーん、でもやっぱ巧いな、逃げ足が」
「さすが爆弾王、すぐに爆風の抜け道を作ってる」
「けど、もう逃げ場ないんじゃない?」
角に追い込まれたタカさん。
「しまった……」
緑と青が左右に爆弾を置き、逃げ道を封じる。
誰もが、タカさん終了を確信したその時――。
「くがっち、今だ!左ルート塞いで!」
みやっちが叫んだ――が。
くがっち、爆弾をみやっちの進路に設置。
「……え?」
「すまん、裏切りだ」
「おまえーーっ!!」
「オレは、勝ちたいんだッッ!!」
みやっち、爆散。緑ボン、成仏。
「まさかの…裏切り……!」
くがっち、ひとり高笑い。
「くっくっく…勝利は俺のもんだぁぁぁ!」
が、焦りからか設置ミス。爆風ルートの把握を誤る。
ボンッ!!
「……え?」
青ボン、自爆。
「ぎゃあああああああ!!!!」
「なにやってんの!?w」
「裏切ったのに自爆は笑うw」
「勝利の女神、ドン引きだぞそれ」
「いや…これは…人の信頼を裏切った者への罰だな…」
結果、誰も手を下さずにタカさんの勝利。
「いやー、動かなかったら勝手に勝ったわ」
「なんという運の男…!」
「くがっちの背中が泣いてる」
「ボンバーマンの神様、見てるなこれは」
タカさん、オリオンビールを掲げて一言。
「爆風は裏切らない。信じるべきは己の感覚だけだ」
今日もまた、笑いと爆風が夜を焦がしていく――。
「そろそろ小腹すいたな」
タカさんがお腹をさすりながらつぶやく。
待ってましたとばかりに、俺は満を持して取り出す。
「沖縄そばセット、三人前!」
「おお、マジで!? 調理するやつじゃん」
「そう、調理するやつです」
「俺たちの限界を、今ここで越えようってわけか」
「そうだ同志よ、これはただのそばじゃない。俺たちの成長の儀式だ」
「ちょ、急にノリがRPGになってるw」
丼もある。テーブルコンロも、鍋も、レンジもある。
装備は万全。いざ、新たなバトルへ。
「じゃ、俺が麺茹でる! 湯沸かし頼む!」
「ソーキはパッケージごとレンチンでいけそう」
「お湯、足りるかな?三人分いける?」
それなりに連携の取れたスタートだったが…
「え、茹で時間2分!?早っ!」
「ソーキ、膨らみすぎてパッケージやべぇ」
「待て、これ全然お湯足りないじゃん!」
コンロ前で右往左往。鍋の前で口論。レンジ前で祈祷。
誰もが気を抜いたその時――
ボンッ!
「……今の、何?」
「ソーキが、爆発した…」
沈黙。
からの、三人揃って爆笑。
「爆弾王、まさか料理界にも進出とは…」
「そばで爆風が起きるとか聞いたことないからな」
「そもそも三人でそば作って大騒ぎって何なんだよw」
気を取り直してなんとか完成した、ちょっと伸びた麺。
しょっぱめのスープ。
砕け散ったソーキ。
けれど、笑いながら食べる沖縄そばは、どんなごちそうより美味かった。
熱い夜の締めに、ぴったりだった。