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16ビットリーグ、ここに開幕

 久々に、仕事でへこんだ。


 俺の中では――いや、どう考えても、今回は結構頑張ったと思う。

 先輩の助けも借りずに、一から資料を作って、何度もスライドを見返して、

「伝える」ってなんだっけって、深夜にコーヒー片手に考え込んだりもした。

 プレゼン前は緊張して、前の日あんまり眠れなかったくらいだ。


 でも。

 クライアントの反応は、正直冷たかった。


「うーん、違うんだよな〜」

 あの微妙な顔。うまく笑ってるのに、心は遠い感じの、あの表情。


 帰り道、電車の窓に映った自分の顔が、いつもより疲れて見えた。

 上司は「気にすんな、そういうこともあるって」と言ってくれたけど――

 そう言ってもらえるのはありがたいけど、気持ちはまだどこか浮かない。


 きっと、努力が無駄になった気がしたからだ。

 心のどこかで「ちゃんと伝わってほしかった」って、思ってたんだろうな。



 いつもの、16ビットの秘密基地に今日は少し出社したから遅れて行った。

 ピンポーンと、ちょっと古いインターホンを押す。

 そうしたら、笑顔のタカさんが出てきた。


「お、やっと来たビールの売り子さん! いらっしゃ〜い」


 ビールの売り子……? 俺、今日キャップもユニフォームも着てないけど?

 でもそのしょうもない冗談と、変わらない笑顔に――なぜか、ちょっとだけ、救われた気がした。


「きたきた、ビールガール」

 中から、くがっちの声。やっぱり同じノリだ。

 全く、面白いなぁ、この二人は。


 中に入ると、いつもの通りリビングではストⅡダッシュが起動中。

「やってますねー、お二人さん」


「おうよ、今のところ2-2で拮抗してるわ」

「いや、さっきのはくがっちのハメ攻撃だったろ〜」


「あれは戦略っしょ〜」

「お前、ザンギのスクリューしか狙ってねぇじゃん」


 そのやりとりに笑ってる自分がいた。

 ほんの数時間前まで、何も手につかないほど落ち込んでたのに。

 今、この瞬間だけ、なんだか――全部どうでもよくなってきた。


 ああ、俺、こういう時間が必要だったんだなって思った。



 くがっちの食料チョイスが、今回もまた絶妙だった。

 肉屋の唐揚げに、ポテチに、駄菓子に…そしてその中に、ひときわ存在感を放つアイツ。


「お、今回はカップ焼きそばじゃん!」


「お湯が沸かせるようになったからね。俺たちの調理スキル的に、これが限界でしょ」

 くがっちがどや顔で言う。


「たしかに」

「たしかに」

 全く同時に返す俺とタカさん。

 こんな小さいことで腹抱えて笑える自分たちに、ちょっと呆れつつ、でもやっぱ楽しい。


「で、ペヤングとUFOと一平ちゃん、三種盛りか…」

「これは悩むわ〜」

「夜食だし、腹も減ってきたし……やりますか、いつもの!」


 その合図で、夜食争奪バトルが静かに幕を開けた。



 どのゲームで勝負するか、三人でセットの山を物色し始めた。

 すると、さっきの「ビールの売り子さん」発言のせいか、どうしても目に入ってしまった一本があった。


「……パワプロとか、どう?」


「お、きた」「ナイス選球眼!」

 二人の反応が即答すぎて笑う。


 ――というわけで、今回は『実況パワフルプロ野球3』に決定!


 1996年発売、スーファミ後期の名作。

 ちびキャラなのに、野球の動きは意外とリアル。打って、投げて、走って守る。しかも実況つき。

 当時は「こんな野球ゲームあるの!?」って驚かれたらしい。


「俺、昔ちょっとだけやったことあるかも」

「オレは完全初見。でもなんか直感で打てそうな気がする」

「じゃ、夜食をかけて…プレイボールだ!」


 こうして、球場――という名の秘密基地に、静かに戦いの火が灯った。


「そういやさ、タカさんってどの球団好きなの?」


「俺? そりゃ巨人よ。完全に巨人ファン」


「うわ〜、っぽいっぽい」


「さすが“力 is パワー”って感じ」


「なんだよその決めつけ!じゃあ、くがっちは?」


「俺は…ベイスターズ」


「うん、ぽいわ〜」


「横浜感ある〜」


「…出身は青梅だけどね?」


 三人でくくっと笑う。


「で、みやっちは?」


「俺? 日ハム」


「おお、パかよ〜」「パかよ〜」


「なにその言い方!」

 でもなんかおかしくて、また笑う。


「でも、俺もパなら日ハムかな。大谷入ってからだけど」


「わかる〜俺もそのへん」


「セなら…俺、ドラゴンズかな」


「なんだよそれ!」「なんだよそのダブル所属!」


 笑いの止まらない三人。

 ――16ビットリーグ、ここに開幕。



 初戦は、俺とくがっち。

 日ハム対ベイスターズ。


「なんか…タカさんつまんなくない?」


「いやいや、意外と面白いって。実況付きで観てる気分だわ」


「だよね。スーファミでここまでやれるんだ、ってちょっと感動」


 テレビに映る選手たちは、カクカクしてるけど、なんとも言えない味がある。

 投げて、打って、走って――それだけなのに、なんでこんなに熱くなるんだろう。


「お、フォーク落ちた!」「あっぶな!」


「くっそ〜!そこ振るか普通!」


「やばい、三振した…」


 二人で本気になってコントローラーを握る。

 タカさんはビール片手に、それを見ながら大笑いしてる。


「いや〜、これはアツいわ」


「実況も地味にリアルなんだよね。『打ち上げました〜!』とか」


「あと“ドカーン!”の効果音も地味にクセになる」


 気づけば、スーファミの野球に夢中になっていた。

 まるで、子どもに戻ったみたいに。



 初戦は俺とくがっちの対決。結果は俺の勝ち。


 第二戦は、タカさんとくがっちの対決。


 巨人ファンのタカさん VS ベイスターズファンのくがっち――

 時代はちょっと前、90年代プロ野球のスターたちが並ぶスーファミ版パワプロの世界。


「っしゃー!俺、桑田で行くわ!」

「じゃ、俺は…佐々木で締めるっしょ!」


「うおっ、佐々木!今見てもかっこよ!」

「さすがハマの大魔神〜」


 二人が打席に立つたび、俺はビールをちびちびやりながら観戦モードに入る。


「いや〜これ、見てるだけでもビール進むな」

「だろ〜?これが16ビット野球の魅力よ」

「うん、わかる気がする」


「ていうかさ、タカさんの打順、原に落合に元木いるじゃん!」

「え、元木!? マジで!?」

「いたわ、若い頃の元木!うわ、ちょっとテンション上がるな」


「選手名見てるだけで盛り上がれるってすごいよね」

「そうそう、これってもう資料だよ、資料」

「なんのだよw」


 試合は接戦。ホームラン、ファインプレー、珍プレー。


「うわ〜それ打つか!?」

「ナイスバッティンくがっち!」

「いやいや、あれはアシストしてくれたやつ…!」


「ちょ、サードの守備がザルなんだけど!」

「昔のベイは守備ちょっとアレだったからな〜」

「やめろやめろw」


 冗談とツッコミが飛び交う中、くがっちが一発を決めてリード。


「…さすがに選手の顔と名前、もうわからん人多いな」

「でも逆に、知ってる名前出てくるとテンション上がるね」

「これ、野球詳しくなくてもいけるな」


 結局、最終回に追い上げを見せたタカさんだったけど、くがっちの“佐々木劇場”で締め。勝者、くがっち!


「よし、ドリンクおかわりする人〜?」

「俺!」「俺も!」


「いや〜、いい試合だったわ」

「なにこれ、完全に居酒屋で観戦してる感じじゃん」

「てか俺、こっちの世界の野球好きかも」


 ゲームの中の選手たちは、今じゃほとんど引退してる。

 でも、スーファミの中では、まだ全員が全盛期のままだ。


 それって、なんだかちょっといいな、って思った。



 そして、第三戦。

 タカさんと俺――巨人vs日ハム、東京ドームの夢の対決(inスーファミ)。


「さぁ、16ビットシリーズ最終戦のお時間で〜す!」

 隣でくがっちが、急に高い声で売り子の真似を始めた。


「ビールに唐揚げ〜!つめた〜い気合い入りま〜す!」

「うるせぇよ売り子!w」

「今日だけビール500円だよ〜!ピッチャーは桑田ぁ〜!」


「いちいち的確なんだよ!w」

「実況と売り子が合体してるのやめろってw」


 笑いながら、俺とタカさんはバットを構える。


「お、今日は宮野も調子よさそうだな」

「ふふふ、さっきのくやしさ全部ぶつけるよ」


 一回表、幸先よくヒット2本。先制点を取る俺。

「おお〜これはやばいんじゃないの〜?」とくがっちの売り子風実況が続く。


 でもタカさんも黙っちゃいない。


「力isパワーとは、こういうことよ!」

 原がバックスクリーンに放り込むホームラン。2点返される。


「うわあぁ〜〜!」

「っしゃぁああ!」

「いや、この声はドームで響いてる」


 中盤、俺が送りバントに失敗して怒られる。


「なんでここでバント〜?」

「うるさいな、サクセスじゃないからさ〜!」

「選手の顔が『えっ?』ってなってたよw」


 最後は一点差のまま、俺の攻撃が続く。


「代打!代打オレ!」

「お前出れねぇよw」


 ギリギリの攻防の末、ショートゴロでゲームセット。

 タカさん、笑顔の勝利。


「なんだよ、また全員一勝ずつかよ」


「俺たち、ほんとに拮抗してるな〜」


「いやいや、ここからが本番よ」


 なんて笑い合ってるうちに、さっきまで引きずってた気持ちはどこかへ消えていた。

 落ち込んでいたはずの自分が、もうどこにもいない。


 人間に“リセットボタン”はついてないけど、心はいつだってやり直せるのかもしれない。

 そう思えたこの秘密基地は、俺にとって“セーブポイント”であり、“リセットボタン”みたいなものなんだと思った。



「よっしゃ〜!優勝はオレだあああ!」

「いやー、惜しかった…」

「ナイスゲームだったよ二人とも〜。観戦だけでも満足だわ〜」


「つーか、さっきまであんなに落ち込んでたやつ、どこいったの?」

 タカさんのその一言に、ふと我に返る。


 たしかに、朝はしんどかったはずなのに。

 今は、笑えてる。騒げてる。全然大丈夫だ。


「なんか…ありがとうな、マジで」

「急にどうした〜」

「一平ちゃんはくれてもいいよ〜?」


「いやそれは譲らん!!」


 俺は一平ちゃんを選び、タカさんはペヤング、くがっちはUFO。


 ま、結局「ちょっとちょうだい」って言い合って、みんなで全部を食べ比べしたんだけど。


 それもまた、いつものこと。

 俺たちらしくて、いい。



 こうして三人の夜は、熱い野球とビールの泡に包まれて、16ビットリーグはゆるやかに幕を閉じた。

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