第九話 5
時雄と会った翌日、僕は、二十年ぶりに、カイロ国際空港に降り立った。そのままルクソールに向かうのは、作治郎教授に対してあまりにも申し訳ないと思ったからだった。けれども、理由はそれだけではなかった。
作治郎教授に連絡を取り、ギザの発掘現場に赴いた。作治郎教授は、僕の顔を見るなり、絶句した。そして僕の体を抱きしめ、「よく来た」と涙を滲ませた。
発掘現場では、クフ王の墓を探すべく、西部墓地を電磁波地中レーダーで調査している最中だった。西部墓地は、古王国時代に建設されたマスタバ墳墓が整然と並んでいる地域である。そこをくまなく調査するために、作治郎教授は何年も前から予備調査をしてきた。しかし、作治郎教授が考えていたのは、クフ王の墓があるとしたら、マスタバ墳墓群の中よりも、何もない空白地域に可能性があると考え、調査は広範囲に及んでいた。
僕は、作治郎教授と一緒に、日よけテントの中の椅子に座り、話し込んでいた。
「緑川、ここに来たということは、私の頼みに答えてくれたと考えていいんだな?」
「ええ」
「やっと決心が着いたのか?」
「はい。ある人が僕の背中を押してくれました」
「もしかして、時雄が言っていた一条美豊という子のことか」
「ええ。彼女の行動力には本当に驚かされました。彼女のおかげで、自分の愚かさに気付けたし、前に踏み出す勇気を貰えました。後悔するなら行動した後でいい、行動せずに後悔するのは、愚の骨頂だと思ったんです。決して恵まれた境遇にいないのに、子供を守って力強く生き抜こうとする彼女の姿は立派です」
「そうか。あの子のことは、カーナヴォン卿によく頼んでおいたよ」
「ありがとうございます。きっと、先生のお口添えは、彼女を助けてくださっていると思います」
僕は、作治郎教授に、「やりたいことが終わったら、必ずまたここに戻って来ます」と約束し、西部墓地を後にした。
僕は、ウィンターパレスホテルに電話をかけ、カーナヴォン卿の末裔の部屋に繋いでもらった。電話に出たのは、カーナヴォン卿の第一秘書だった。その秘書が言うには、「美豊は、第二秘書と調査に出かけているが、日本の緑川という人の問い合わせには、絶対答えてはいけないと言われている」とのことで、僕は門前払いされてしまった。
美豊の携帯にかけても、相変わらず繋がらなかった。作治郎教授に美豊のことを褒めちぎって話したのに、肝心の美豊にはシャットアウトされるという用意周到な美豊の作戦に面食らったのだった。