第九話 4
二日前、美豊は隼人と一緒に、ルクソール国際空港に降り立った。冬だと言うのに、ルクソールは暖かく快晴で、美豊の不安だった気分を一瞬で吹き飛ばしてくれた。
美豊は、時雄から伝えられたカーナヴォン卿の末裔が定宿にしているウィンターパレスホテルに向かった。美豊は携帯の自動翻訳機を駆使し、ホテルのフロントでカーナヴォン卿に会いたいと掛け合った。絶対に断られるだろうと思っていたのに、フロントマンは「プロフェッサー白鳥からあなたが訪ねてくるだろうと伺っておりましたし、カーナヴォン卿も了承しています」と言い、カーナヴォン卿に連絡を取り、すんなり部屋に案内してくれた。
カーナヴォン卿はてっきり老紳士だと思っていたのに、目の前に現れたのは中年の美しい貴婦人だった。なんでも、今のカーナヴォン家の当主は自分で、名前はキャサリン・ハーバートだと言う。美豊は、自分は日本人で名前は一条美豊、息子は一条隼人だと自己紹介した。
「お話は、白鳥作治郎さんから聞いております。日本の若いお嬢さんが、私に会いに行くだろうから取り合ってくれって。でも、こんなに早く来られるなんて思ってもみませんでしたわ」
「すみません、突然お邪魔して。厚かましいとは思うんですけど、実はどうしてもお願したいことがあって来ました」
「そうだと聞いているわ。でも、あなたは一体何者なの? プロフェッサー白鳥は、あなたはジョージ・ハーバートの孫だと言ってたのよ。確かに祖父は、日本を旅していたことがあるの。でも、日本に子供がいたなんてこと、私は一度も聞いたことがないのよ」
「そうですか……。詳しい事情を知っていた人間は、もうみんな亡くなってこの世にいません。私が持っているものはこれだけなんです」
美豊は首からカルトゥーシュを外し、キャサリン・ハーバートに見せた。
「えっ、待って! 確かにここにヒエログリフでGeorgeと彫られているわね」
そして、キャサリンは、カルトゥーシュをひっくり返して裏を見た。裏には、5th Earl of Carnarvonとあり、絶句していた。
「どこでこれを手に入れたの!?」
「私の家にありました。元は祖母が身に付けていたものなんです」
「カルトゥーシュは、エジプト国内でしか製造が許されていないことは、あなたも知っているでしょ?」
「はい」
「あなたやあなたの家族は、一度もエジプトを訪れたことがないの?」
「ええ、そうです」
「そうなのね。祖父が日本に旅していた当時の日本で、カルトゥーシュを真似して作ったなんて考えられない。やっぱり、これは本物なんでしょうね。祖父は、自分のカルトゥーシュをあなたのお祖母様に贈ったんだと思うわ」
「そうなんでしょうか」
「そう。おそらく、本物よ。だって、あなたは、私の妹にそっくりだもの」
そう言って、キャサリンは美豊と隼人を抱き寄せた。美豊は、日本から遠く離れた異国の地で肉親に会えるなどと思ってもおらず、キャサリンに抱きしめられながら、目を赤くさせていた。
「美豊、聞かせて。あなたの願いは何なの?」
「行方不明になったハワード・カーターの孫の妻と子供の行方を捜して欲しいんです」
「なんですって? ハワード・カーターの孫ですって?」
「これは本当に神様の思し召しと言うしかないと思うんですけど、日本でハワード・カーターの孫である人に巡り合って、今、わけがあって一緒に住んでいるんです。でも、その人は、二十年前に船の事故で奥さんと子供を亡くしているんです。でも、遺体が見つかっていません。彼女達は本当に亡くなったのか調べて欲しいんです」
「ええっ、ちょっと待って! ハワード・カーターは日本人の女性と結婚していたの!?」
「いいえ、結婚はしていません。ハワード・カーターは、心に誓った人がいるから結婚はできないと言ったそうです」
「そうなの……。でも、こんな不思議なことが世の中にはあるのね。分かったわ、美豊。あなたの願いを叶えてあげる。私もね、イヴリンの悲劇をうちの母から聞いて、ずっと心を痛めていたの。何十年も経って、ハワードのお役に立てたとしたら嬉しいわ。イヴリンもハワードもあの世できっと喜んでくれると思うわ」
美豊は、キャサリンのその言葉を聞いて、にっこり笑った。
そして、美豊は、キャサリンの秘書を伴い、次の日からさっそく調査を開始することになった。