第九話 1
美豊がいなくなったのは、隼人が僕のことをパパと呼んだあの日から十日後のことだった。
もしかしたら、明日になれば、美豊は、何食わぬ顔をしてひょっこり帰って来るかと思い待っていたが、三日経っても帰って来なかった。携帯に電話したのに、何度かけても繋がらなかった。着信拒否をされているのか、もしくは電源が切られているのか、GPSも役に立たなかった。
元々いなかった人間がいなくなっただけなのに、何故、自分の胸にぽっかり穴が開いたような気分になるのか、不思議だった。僕はいてもたってもいられず、気が付けば、小早川愛の会社に乗り込んでいた。
「小早川君! 訊きたいことがあるんだ!」
「緑川先生、どうしたんですか!? 先生が事務所に来るなんて珍しい」
「い、いや、ちょっと美豊のことで訊きたいんだよ。君は美豊のマネージャーだよね?」
「はい、そうです」
「だったら、この間、美豊が誰に会いに行ったのか、知らないか?」
「え?」
「二人の人間に会いに行くから、隼人を預かって欲しいと美豊が君に頼んだと言ってただろ?」
「ああ……」
「俺の勘では、君は知っていたけど、俺に言わなかっただけだと思っている」
「……」
「何も言わないところを見ると、俺の勘は当たってるな。言いたまえ」
「先生、何故、言わなきゃいけないんですか?」
「……」
「もしかして、美豊ちゃんがいなくなって心配してるからですか?」
「……」
「そうじゃないなら、お断りです。守秘義務がありますので」
僕は、しばらく小早川愛の顔を睨みつけていたが、「そうだよっ! 心配してるからだよっ!」と大声で言った。すると、小早川愛は、ニヤッと笑って言った。
「それなら、いいですよ。美豊ちゃんは、お母さんと白鳥さんに会いに行ったんです」
「ええっ? それは本当か?」
「嘘を吐くと私が得をするとでも思ってるんですか?」
「いや、その……」
「とにかく、美豊ちゃんは私にそう言ってました」
「そうか、ありがとう。恩に着ます」
僕は、小早川愛の会社をドタバタと辞すると、車をぶっ飛ばして、妹夫婦の住む家へと急いだ。