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第八話 6

 美豊は、母のスナックを出た後、電車で戸塚大学に移動していた。横浜から一時間かけて都内の大学の最寄りの駅に到着すると、門の中に駆け込み、その辺を歩いている学生をつかまえて、「工学部の白鳥時雄教授の研究室はどこですか?」と訊きまくっていた。何人かそんなことを繰り返していたが、やっとのことで工学部の学生を探し当てると、その学生に案内させて、時雄の研究室に辿り着いた。


 美豊が、研究室のドアを勢いよく開けると、時雄は驚いて振り返った。


「び、びっくりした……。み、美豊ちゃんじゃないか! 一体どうしたんだよ?」

「時雄さん、探しましたよっ!」

「あれ? 電話番号を教えてなかったっけ?」

「荘子さんのは知ってるんですけど、時雄さんのを教えて貰うのを忘れてました。でも、キャンパスが広すぎだから、電話より学生さんに直接案内して貰えて良かったです」

「そうか……。それで、今日は僕に何の用? まぁ、蘇生介のことなんだろうけど」

「関連があると言えばあるんですけど、違うんです」

「え?」

「私のお祖父さんのカーナヴォン卿のことなんです」

「はぁ?」

「カーナヴォン卿って知りませんか?」

「知ってるもなにも、ハワード・カーターの発掘の資金援助をした人だよね? それとも全然別の人?」

「いや、別の人じゃありませんっ! その人ですっ!」

「ええっ!? その人が美豊ちゃんのお祖父さんなのっ!?」

「実は、そうだったんですっ! でも、それが凄いことなのか、イマイチ私は分かってないんですけど……」

「凄すぎるよっ! だって、ハワード・カーターの子孫とカーナヴォン卿の子孫が一つ屋根の下で暮らしてるってことが凄いじゃないかっ!」

「あ、そうですね……、先生もそのようなことを言ってました」

「そうだろ」

「それで、私がどうしてカーナヴォン卿の孫か分かったかということなんですけど、このお守りのせいなんです」


 美豊は、カルトゥーシュを首から取り外すと、時雄に見せ、今までの経緯を時雄に説明した。そして、つい先ほど、横浜の母にもそれを確認し、やはり事実だと判明したと付け加えた。


「これ、本物だと思うので、これが証拠になりますよね?」

「そうだね……。いや、しかし、びっくりだわ……」

「そうですか、びっくりですか」

「うん。美豊ちゃん、ハワード・カ―ターとカーナヴォン卿の娘のイヴリンの話を知ってる?」

「いえ、知らないですけど……」

「そっか、そりゃそうだよな。だって、ついこの間まで、カーナヴォン卿のことも知らなかったんだもんね」

「はい。その人達がどうかしたんですか?」

「いや、彼らは、凄く可哀相な運命を辿ったんだよ」

「え? その人達に興味あります! 話を聞かせてください!」


 美豊がそう催促すると、時雄はハワード・カーターとイヴリンの悲恋について語り始めた。


「ハワード・カーターとイヴリンが、王家の谷で初めて顔を合わせたのは、カーターが四十六歳、イヴリンが十七歳の時で、二人は親子ほど年が離れていたんだ。イヴリンはいつも父親からエジプト文明のことを聞かされていたせいか、エジプト文明に興味を持ち、エジプトを訪れることを夢見ていて、やっと夢が叶ったそうなんだ。イヴリンは上流階級の娘なのに控えめで、エジプト文明にも造詣が深く、当然、カーターともすぐに打ち解けたらしい。それから二人は、離れている間も手紙のやり取りをするようになったそうだ。そして、冬の発掘シーズンになると、イヴリンは毎年エジプトを訪れるようになった。

 しかし、カーターの思いに反して、いつまで経ってもツタンカーメンの墓は見つからず、カーナヴォン卿が発掘を諦めようとした矢先に、ようやく墓が見つかるんだ。イヴリンもカーターもカーナヴォン卿もツタンカーメンの墓の扉を開けた時の感激は凄かっただろうね。でも、五ヶ月後、カーナヴォン卿は病に倒れ、亡くなってしまう。そこから悲劇は始まる。

 その後、父の跡を継いだイヴリンの兄のヘンリーが、カーターとイヴリンの仲を裂いてしまう。ヘンリーは元々エジプト考古学に興味がなかったらしく、父のカーターへの支援も最大の無駄遣いだと常々思っていた。だから、王家の谷の発掘権も今季限りで手放すと宣言したそうだ。発掘権を今季限りで手放すということは、せっかく見つかったツタンカーメンの墓の調査の権利も手放すということになる。しかも、イヴリンは、実業家の隼男爵と婚約してしまう。カーターは悲嘆にくれたと思うが、イヴリンが結婚した後、状況が一変し、ヘンリーが発掘権の放棄を撤回することになった。

 ヘンリーは、イヴリンが身分に相応しい相手と結婚し、カーターと二度と会わないなら、発掘権の放棄を撤回するとイヴリンに約束したからだったんだ。その後、カーターとイヴリンは二度と会うことはなかったそうだ。イヴリンは、カーターのために犠牲になったんだよ」


「なんだか、イヴリンもカーターも可哀相すぎます……」

 美豊は、目にいっぱい涙を溜めていた。

「そうだね……。しかし、何十年も経って、カーターとイヴリンに関係する二人の子孫が一緒に暮らしていることを考えると、なんだか感慨深いよ……」

「でも、自分達でさえ、自分の先祖のことをついこの間まで知らなかったんだから、そんな不思議なことが遠く離れた日本で起こってるなんて、イギリスの本家の人は思ってもみないでしょうね」

「そりゃそうだね」

「それでね、時雄さん、今日は、お願いがあって来たんです。でも、先生には、絶対内緒にしてて欲しいんです」

「え?」

「だって、先生が知ったら、絶対反対すると思うから。頼めるのは、この世で時雄さんしかいないんです!」


 美豊は、そう言うと、自分の計画を喋り始めた。時雄は目を白黒させながら聞き、あまりにも無謀すぎると思ったが、「分かったよ。反対しても美豊ちゃんは諦めないだろうからね。僕もできるだけのことはさせて貰うよ」と美豊に約束した。美豊は、その時雄の言葉に満足して立ち上がり、研究室のドアノブに手を伸ばした。

 時雄は、その帰って行こうとする美豊の後ろ姿を見て、微笑みながら呟いた。


「そうか、アイツはオシリスで、美豊ちゃんがやっぱりイシスだったんだな」



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