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第八話 5

 授業を終えた後、車を運転し、自宅に向かった。バックミラーにうつった胸元のカルトゥーシュを見て、作治郎教授に言われたことを思い出していた。


「お前は、ハワード・カーターの才能を受け継いでいるんだよ。だから、その才能を埋もれさせてはいけない」


 作治郎教授は僕にそう言った。しかし、僕には、そんな偉大な人の血が流れている自覚などなかった。確かに今でもエジプト文明に魅力を感じている。でも、それと作治郎教授の大事業を引き継ぐこととは、全く別の問題だと思っていた。



 しばらくして、車は自宅に到着したが、自宅のドアを開けてもシーンと静まり返っていた。どうやら、屋敷には美豊も隼人もいないようだった。今日は、美豊の休みの日ではない。雇用主である僕に断りもなく、一体どこで何をしているんだと憤りながらも、久しぶりの一人の時間を満喫しようと思った。書斎に入ると、隼人が無断で書斎に入ったのか、この間、僕が隼人に見せていた児童向けのヒエログリフの本が机の上に無造作に置かれていた。

 この本は、実は、祖母の時代から代々受け継がれてきたものである。ことのはじまりは、祖母がヒエログリフを勉強するために、自分用に購入したのだった。いや、本当は、祖母が僕に読ませるために、本棚に紛れ込ませていたのかもしれない。事実はどうあれ、子供の僕は、まんまとその罠に引っかかり、その本に夢中になった。そして、その後、隼がはまり、今は隼人がはまっている。この本を眺めていると、自分の子供の頃の記憶が、鮮やかに蘇った。


 祖母は、僕にせがまれて、ヒエログリフを僕に教えていた。


「蘇生介の名前をヒエログリフにするには、一旦アルファベットにしないといけないの。蘇生介をアルファベットに置き換えると、SOUSUKEね。だから、Sの折りたたんだ布、Oの投げ縄、Uのウズラのひな、もう一度Sの折りたたんだ布、もう一度Uのウズラのひな、Kの把手付のかご、Eの葦の穂。ヒエログリフだとこうなるわ」

「わー、凄い」

「動物が文字になっているなんて、面白いわよね」

「うん」

「蘇生介、あなたがエジプト文明に興味があってお祖母ちゃんは嬉しいわ。隼雄は全然興味がないんだもの。きっと、自分にお父さんがいないのは、私のせいだって恨んでいるのね」

「お祖父ちゃんは、本当にいるの?」

「いるに決まってるじゃない。蘇生介のお祖父ちゃんは凄い人だったの。エジプトが大好きな人だった。でもね、私達は結婚できなかったの。お祖父ちゃんには心に誓った人がいたけど、年齢も身分も違うから結ばれなかったの。だから、その人のために、私とは結婚できないと言ってたわ」

「ふーん、お祖母ちゃんが可哀そう」

「あら、ありがとう。蘇生介は優しい子ね。蘇生介は幸せになってね。それが、お祖母ちゃんが蘇生介に一番望んでいること」


 祖母はそう言うと、自分が身に付けていたカルトゥーシュを外して僕の首にかけた。


「忘れないで。エジプト文明は愛の文明なの。大らかで優しくて美しいの。青い花束に一番感動したとお祖父ちゃんが言っていたように」


 祖母のその言葉を思い出したと同時に、豊子のことも思い出していた。


「私がエジプト文明に惹かれたのは、エジプト文明が愛に溢れているから。ツタンカーメン王の死を悼んだ人が棺の上に花束を置いたからなの。ハワード・カーターが言ったように、私もアンケセナーメンが置いたのだと思いたい。黄金の葬送品より、その枯れたヤグルマギクの花束が一番美しいと私も思ったわ」


 祖母は、本当は、自分の愛する人は、ハワード・カーターだったのだと僕にも豊子にも声を大にして伝えたかったに違いない。自分の愛する人は偉大な人だったのだと。彼が、どうやってツタンカーメンの墓を見つけたのか、見つけた時の興奮はいかばかりのものだったのか、彼の功績がどんなに大きかったか、すべてを僕達に話したかったに違いない。

 目を輝かせて、いつも祖母の話を聞いていた豊子。祖母と豊子は、似た者同士だったのかもしれない。彼女達は、情愛に溢れたロマンティストだった。



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