第八話 1
黒木猛の葬儀に時雄夫婦や美豊と参列した後、葬儀会場を出ようとしたら、猛と豊子の弟であり喪主の黒木拓狼に呼び止められた。
「緑川さん、お話があります。今、少しだけ、お時間を頂けませんか?」
「あ、はい、分かりました」
「ありがとうございます」
親族の控室の隣にある小さな部屋に案内され、話をすることになった。
「拓狼君、僕は君達の親族だと言えるのに、ろくに葬儀を手伝うことが出来なくて済まなかった」
「いいえ。兄が緑川さんにしたことを考えたら、手伝って貰うなんてとんでもないです」
「……」
「あの、どうしても、兄が緑川さんにしたことを謝りたかったんです」
「仕方がない、豊子と隼は亡くなったんだから。何故、助けられなかったんだという思いは、猛さんと同じだよ。助けられないなら、あの時、僕も一緒に死んでいれば良かったと思う」
「そんな……。姉さんと隼が亡くなったのは、緑川さんのせいじゃないです。事故だったんですから。誰にもどうしようもできなかったんです」
「……ありがとう。君は優しいね」
「兄は、可哀相な人でした。家庭環境がそうさせたのかもしれないけれど、僕より歳が上だった分、辛かったんだと思うんです。兄は、父や母だけでなく、誰も信じず自分さえも信じていなかった。でも、優しかった豊子姉さんのことだけは信じていた。だから、執着していたんだと思います」
「そうか……」
「子供の頃から、ずっと張り詰めたように生きていました。今、やっと、安らげているのかもしれません」
黒木拓狼はそう言ったが、僕は何も言葉を返せなかった。死んで安らげているなんて、生きている者の気休めだと思う。僕は、黒木猛から逃げ続けていた。豊子と隼の死から逃げ続けているように……。しかし、死んでからでは、遅いのだ。生きて戦って、生きていることの喜びを猛に感じて欲しかったのだ。けれども、今となっては、何もかも遅すぎた。そして、その言葉は、自分自身への戒めでもあると僕は思っていた。