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第七話 12

 黒木猛は、その後すぐに、殺人未遂で収監された。


 しばらくして、僕は、彼に会いに行った。彼のほうから僕に会いたいと手紙が来たからだった。一ヶ月ぶりに見る猛は、前よりも頬が痩せこけていた。僕は、少し心配になった。


「もう君には会えないと思っていたよ。来てくれて感謝する」

「いえ、そんな……」

「あの木棺のことを君に話しておきたかったんだ」

「そうですか」

「あの木棺を見つけたのは、ライド大学が雇っていた作業員のアリという男だ。いや、見つけたんじゃなくておそらく何世紀にも渡って、彼の先祖が家に隠し持っていたんだ」

「彼の先祖は墓荒らしだったってことですか?」

「そうだ。それを俺が買い取ったんだよ。貴金属類はすぐに売ったんだろうけど、流石にあんなに大きな木棺は売れなかったんだろうな」

「……」

「サッカラの多くの墓が再利用されていることは、君も知っているだろう?」

「ええ」

「ツタンカーメンの乳母だったマイアの墓も再利用され、その後火事になり煤がついてしまっている。だから、アリの先祖はそれ以前に盗掘して木棺を持ち去ったんだろうと思う。メリトアテンは父親のアクエンアテン、つまりアメンホテプ四世が亡くなった後、スメンクカーラー王の妃になり、スメンクカーラーが亡くなった後、一時的に玉座にいたネフェルネフェルウアテンではないかと言われているが、そんな玉座に座っていたとされる者が何故サッカラの寂しい場所に埋葬されたのかは分からない。あのアマルナ時代のことは記録に残っていないし、後の反逆者、ホルエムヘブ王によって彼女も歴史から抹消されたのだろう」

「僕もそう思います。でも、こんなことを言いたくないけれど、あなたは傲慢ですよ。何故、そんな貴重なものを密輸して隠し持っていたんですか? それは、エジプト文明にとって、いや、世界にとって、大きな損失でしょう? 絶対に公開しなければいけないものじゃないですか!」

「そんな分かり切った正論を言うなよ。そんなの分かってて、やったんだよ」

「そうでしょうね。あなたは、いつもそうでしたから」

「俺には、ファラオの呪いがかかってるのさ」

「どういう意味ですか?」

「『王の眠りを妨げる者には、死の翼が触れるべし』。メリトアテンは一時的とはいえ、ファラオだっただろう? 俺は、もうすぐ死ぬ。あの木棺を密輸しようと決めてから、急に体調を崩した」

「えっ?」

「余命一ヵ月と医者に言われたよ」

「そんな……」

「俺は、自分がファラオだったらどんなに良かっただろうと何度も思った。ファラオだったら妹と結婚できるだろう? でも、豊子が選んだのはお前だった。だから、俺はお前を憎んだ。ただ、それだけさ。俺は考古学なんてどうでも良かった。考古学が好きだった豊子を振り向かせたかっただけだった。だから、罰が当たったのさ。いや、やっと許しが貰えたのかもしれない。この世は、地獄だったから」

 僕は、ただ、無言で黒木猛の顔を見つめるしかなかった。


 そして、それから、しばらくして黒木猛の訃報が届いた。


 彼の人生は、一体何だったのだろう?

 もし、彼の妹が豊子でなければ、もっと幸せな人生を送れていたのだろうか?

 そう考えると、やり切れなかった。




第八話に続く

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