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第一話 7

 美豊が東京へ来てから、四日経った。今日こそなんとかバイトを決めねばと思っていたが、全然成果が上がらず、また夕暮れ時になってしまった。

 けれども、今日は昨日と違って、少しだけ良い方向に向かっている気がした。面接に行ったら、「お嬢さん、可愛いんだけど、中卒はやっぱりねぇ」と言われることが多かったから。昨日なんか一度も「可愛い」なんて言われなかったし、だからメイド喫茶も落とされたんだろうと思ったから、雑誌を参考にメイクをしてみたら、初めて面接で「可愛い」と言われたのだった。

 しかし、それにしても困った。手持ちのお金がどんどんなくなっていく。このままだと野宿をしなくちゃいけなくなるかもしれない。そんな恐怖におののきながら歩いていたら、見知らぬ若い金髪男性に声を掛けられ、ぎょっとした。


「お姉さん、どこで働いてるの?」

「はぁ?」

「この辺の店で働いてるんでしょ?」

「働いてないです。働きたいのに働けないから困ってるんです」

「は? マジで?」

「マジです」

「ほんとにほんとに?」

「ほんとにほんとにです」

「なら、ちょうど良かった! 今、スカウトしようかと思ってたんだよ!」

「スカウト?」

「うちの店で働かない?」

「えっ! ほんとですかっ!」

「うん、ほんとほんと! 可愛いから即採用されると思うよ!」

「ありがとうございます! マジであなたは神様です!」

「はははは! 君、面白いね! 気に入った! ついといで!」

「はい!」


 やった! 捨てる神あれば拾う神あり!と思って、喜んでついていったのに、秒で地獄に落とされた。

 オーナーと思われる年配の男性が、さっきの金髪のお兄さんをこっぴどく叱っていた。

「あのさ、浮浪者を拾ってきて、どうしろって言うんだよ。しかも、下戸だって言うし。バーに下戸は必要ないし、うちはこれでも合法なの。頭が良い子じゃないとバーは務まらないってお前も知ってるだろ? とっとと追い返せよ」

 またか、と美豊は絶望的になった。お兄さんは「ごめんね」と謝ってくれたけど、私は「別にいいです。慣れてますから」と強がった。



 しかし、マジでヤバい状態になって来たことは、美豊にもわかっていた。本当にどうしたらいいんだろう?と思いながら歩いていたら、若い女の子がうじゃうじゃ立っている公園に辿り着いた。

 何なんだろう? これからここで何かイベントでも始まるのかなと思っていたら、中年のオジサンに声を掛けられた。


「君、可愛いじゃん。いくら欲しいの?」

「は?」

「二万じゃダメかな?」

「二万ってなんですか?」

「この辺の相場は一万五千くらいだと思うんだよ」

「はい」

「でも、君は可愛いから二万円じゃだめかなと言ってるの」

「私が可愛いから二万円くれるんですか?」

「うん」

「どうして? でも、私、通帳を持ってないし、ジュウミンヒョウもないから働けないんですよ。それでもいいんですか?」

「良いに決まってるじゃない。現金で払うんだから」

「マジでっ! あなたは私に日雇い労働をさせてくれるんですか!」

「わっはっはっはっ! そうだね、日雇い労働だね!」

「ありがとうございます!」

「じゃ、ホテルに行こうか?」

「ホテルで働くんですね?」

「そうだよ」


 美豊は、何の疑いもせず、その中年の男とホテルに入って行った。そして、その男が自分をベッドに押し倒し、抱きついてきた時、悲鳴を上げそうになった。しかし、その時、ようやく男の言った日雇い労働の意味を悟った。

 どうしよう? 男を突き飛ばして逃げようか? でも、この人は確かに二万円くれると言った。目を瞑って何も考えず、ただ時間が過ぎるのを待てばいいんじゃないのかな。二万円あったら、明日も生きていける。ご飯も食べられるし、野宿せずに済むのよ!

 そう自分に言い聞かせて、じっと耐えた。


 事が終わると、意外にその男は優しかった。

「ふーん、長崎から出てきたばっかりなんだ」

「はい」

「東京に知ってる人は誰もいないの?」

「ええ」

「大変だね。俺さ、女房も子供もいるから何にもできないと思うけど、本当に困ったら電話しておいで。名刺を渡しておくよ」

「ありがとうございます」

 その男は、懐から名刺を出し、渡してくれた。

「君さ、もし良かったら、携帯番号を教えて」

「あ、ごめんなさい。私、携帯、持ってないんです」

「マジ?」

「はい」

「じゃ、またあの公園に行けば君に会えるかな」

「公園って?」

「さっき君と会った公園だよ。あそこでみんな客待ちしてるじゃん」

「そうなんですか!」

「知らなかったのっ?」

「はい」

 中年の男はしばらくの間、笑い転げていた。

「全く、君には驚かされてばっかりだよ。じゃあ、縁があったらまた、ということで」

「はい」


 美豊はホテルを出て男と別れ、腕時計を見た。まだ、午後八時を少し過ぎたところだった。ユースホステルに帰ろうと歩き出したが、踵を返し、もう一度さっきの公園に向かって歩き出した。


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