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第六話 10

 美豊は、蘇生介に教えられた住所を頼りに、横浜の野毛町界隈を一人で歩いていた。野毛町は飲み屋街だから、昼間に来たところで、母が経営していると思われるスナックは開いていないだろうから、またもや蘇生介に隼人を預かって貰い、夕刻に一人で訪れたのだった。

 野毛町は等間隔に小さな飲食店やスナック等、庶民的な店が建ち並ぶ。同じ飲み屋街でも、歌舞伎町とは全く異なる雰囲気を醸し出していた。美豊は、まだ二十歳だというのに、歌舞伎町よりも野毛町のほうに郷愁を感じていた。しかし、何故、母は歌舞伎町を出て、ここに住み着いたのだろう?と思いながら歩き、蘇生介に教えられた「スナック みすず」に辿り着いた。


 ドアを開けると、「いらっしゃい」という女性の声がした。店内には、カウンター席が五席、二人掛けのテーブルが二つ。たったそれだけだった。店は、この女性一人で回しているらしい。そして、客は、テーブル席に、常連の六十代と思われる男性客が二人いた。美豊は、その女性に促されるままに、カウンター席に座った。


「なに飲む?」

「ハイボールをください」

「うん、わかった。ジンジャーエールで割るからね」

 ママはそう言うと、手際よくハイボールを作り、美豊に差し出した。


「お客さん、いつも一人なの?」

「いいえ、あまり飲みに出歩かないんです」

「じゃあ、今日は一人で息抜きに来たの?」

「ええ」

「最近ね、若い女の子の一人呑みが増えてるの」

「そうなんですか」

「うちにも一人で来る女の子がいてさ、よく恋愛相談をされるんだよ」

「へぇ」

「恋愛相談をされても困るんだけどね。私は失敗してるクチだから」

「私もです」

「え~っ、失敗も何もまだアンタ若いんでしょうに。まだまだこれからじゃないの」

「いや、バツイチだし、子供もいるから」

「そうなんだ……。一人で育ててるの?」

「はい」

「子供は何歳?」

「五歳です」

「男の子? 女の子?」

「男の子です」

「五歳っていったら、可愛い盛りだね。私にもね、娘がいたんだけどね、アル中の旦那に耐えられなくなって、娘を置いて出てきちゃったんだよ」

「どうして娘さんを置いて出て来たんですか?」

「どうしてだろうね……、私にも分かんないよ」

「娘さんが、可哀相だと思わなかったんですか?」

「あの時は、娘のことまで考えられなかった。酒を飲むと暴れ回って殴る蹴るをする旦那に殺されるって思ってたから。でも、旦那は娘には手を出さなかったんだよ。だからだろうね」

「でも、娘さんは、お母さんがいなくなって、きっと寂しかったと思います」

「だけどね、大人には大人の都合ってものがあって、いや、大人じゃないね、その人の都合だね。結局、人間は弱いってことだと思うよ」

「でも、娘は、お母さんに捨てられたと思ったんですよ! どうしてそんなことも分からないんですか! あなたには、たった十歳で独りぼっちになって、施設で泣いてた子供の気持ちが分からないんですか!」


 美豊がそう叫ぶと、ママは「アンタ、もしかして、まさか……」と言って、絶句した。常連客二人もびっくりして、美豊のほうを凝視していた。


「そう。私はあなたの娘の美豊です」

「アンタ、二十歳で五歳の母親ってどういうことだよ?」 

「寂しかったから。早く結婚して家族を作りたかっただけ」

「家族を作りたいって、何歳で子供を産んでるんだよ! 十五歳だろ! 子供が子供を産んでんじゃないよ!」

「あなたにそんなこと、言われたくない!」

「ああ、鬱陶しい! 鬱陶しいから、私はお前を捨てたんだよ! お前なんか産みたくなかった! お前がお腹にできたから仕方なく結婚したんだよ! あんな田舎で苛められまくって、ちっとも幸せじゃなかった! 今更ここへ何しに来たのさ? お前は、立派に親になったんだろ? せいぜい息子と仲良くすりゃあいいじゃないか!」


 美豊は、母がそう言った途端、席を立ち、乱暴にドアを開けて出て行った。


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