第六話 5
その晩、黒木猛は、弟の黒木拓狼の携帯に電話を架けていた。亡くなった父の事業を引き継いだ拓狼は、ロンドン支社に出張中だった。
「ちょっと、お前に頼みたいことがあるんだ」
「たまに連絡してきたと思ったら、頼み事か」
「まぁ、そう言うなよ。お前じゃなきゃできないことなんだよ」
「俺じゃなきゃできないって、危ない仕事をさせる気じゃないだろうな」
「場合によっては、俺は職を失うかもしれない」
「どういうことだ? 何をしようとしているんだよ?」
「そろそろ本気で、引退を考えているってことだよ」
「えっ?」
「どうしても、日本に持ち帰りたいものがあるんだ。お前の会社の船の家具のコンテナに紛れ込ませて欲しいんだよ」
「家具のコンテナ? そんなに大きなものなのか」
「ああ」
「どうしてもか?」
「そうだ。豊子が生きていたら、きっと喜んだと思う」
「そうか……。兄さんが俺に頼み事をするなんて、初めてかもしれないな」
「最初で最後だよ」
「分かったよ。ロンドンからの定期便に載せられると思うから、また連絡するよ」
「すまない……」
黒木拓狼は、いつもと違って妙に覇気のない兄の様子に、少し違和感を感じていた。